打上前夜
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 いつものように、YからのLINEの通知を開き、二度読み返した。そのLINEは唐突だった。

XX日から車中泊、YY日まで宿取る
ZZ日午後に種子島発でどうでしょう?

 いったい何の話だろう。サークルの合宿でも忘れていたかと驚いたが、思い当たる節はなく困惑する。時間をかけて、3週ほどまえにYが言っていたことを思い出した。

 この1年前。ボクらはロケットの打上げを見学するため、種子島へ渡った。そのときの顛末は「ロケットを見に行く(上)(下)」にも書いたが、ひと目見ることもなく東京に戻ってきた。もう種子島なんぞ行ってやるものか。懲りごりだ。しかし1年経っても、Yは見たいなぁと漏らすのだった。

 どうやら彼はまた種子島へ渡るつもりらしい。さも行くのが当然というふうに、スケジュールを送ってきた。ボクは行くと言ってないのだが(笑)。

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レンズの向こうのプラモデル

 「打上げ綺麗だったよ」なんて話を聞いたら後悔するのは間違いなく、結局来てしまった。そして自分の眼でロケットの姿を確認したとき、心から来てよかったと思った。

 H-IIBロケット8号機。2019年時点で日本最大のロケットだ。その迫力と轟音を目当てに、夜の展望台には所狭しと車が並び、いったい島のどこから湧いて出たのか、我先にと大勢が陣を張っていた。以前、星を眺めに来たときは誰もいなかったのに。さながらパーティーである。

 打上げは翌朝なので9時間も先だが、ここで皆一夜を明かすらしい。夏の種子島とはいえ、広々とした黒い海をまえに、ときどき少し湿ったそよ風が通りすぎる。快い肌寒さを感じつつ、薄手のパーカーを肩に羽織る。

 発射台は3km彼方にある。小さく見えるロケットにはライトが当たっていて、煌々と白く輝く塔のように見えた。我々も陣を張り、一息ついたところでじっくり双眼鏡を覗く。そこには写真や動画でよく見る、H-IIBロケットの形があった。しかしあまりにも照らす白色光は眩しく、色を薄くさせ、蛍光灯に照らされたプラモデルを見ている気がする。宇宙へ上がろうとしているロケットには見えない。

 コンビニのパンを夕食とし、気付けば日付が変わっていた。本当にロケットの打上げを見にきたのだろうか。どうにも実感が湧かないので、再度双眼鏡を手にとる。するとロケットの側面から煙が出ていた。液体酸素や液体水素を充填している証拠だ。なんだ、本物じゃないか。やっと静かに高揚感を覚え、安心した。

煙が見えるぞ

 月が傾くと、夜空の星々が鮮明に眼に映るようになった。まだ9月だが、夜が更けると豪華な冬の星座たちが昇ってくる。今シーズン初のオリオン座を確認。例年寒くなった12月に眺めるので、暖かい種子島で見ると不思議な気分だ。すばるやヒヤデス星団をはじめ、6等台までの満天の星空が、頭上を覆い尽くしていた。岬の先に粒のように見える小さな船が、もうすぐ、この天空へ旅立とうとしている。勝手に壮大なイメージを浮かべて、一人こっそり気分を高めた。

 3時を過ぎて、いよいよロケットのまわりの煙が濃く、そして多くなった。本物らしさが増してくる。いつしか静かになっていたパーティー会場に、少しずつ話し声が聞かれはじめた。同年代くらいの近くの若者たちの興奮が、こちらにも伝わってくる。が、どうも妙である。

 しばらくして、煙はロケットを包み込んでしまった。そのまま上へ上へと上昇し、雲とつながってゆく。3時間もまえから、こうもたくさんの煙を出すものだろうか。ネット中継では見たことのない光景だ。ボクが知らないだけで、打上げ数時間前に何か作業があったりするのか。

 写真を撮って、ツイッターに上げてみた。嫌な予感がした。昨年のことが脳裏をよぎる。

 わずか3分でサークルの後輩Mから反応があった。水をまいているという。双眼鏡で確認すると、たしかにロケットに放水をしている様子が見えた。只事ではなさそうである。

 しかし煙と放水もだが、夜中の3時を過ぎてMが起きていたことに驚く。彼はネット中継を見ながら、動画を視聴できるほど通信環境のよくないボクに、事細かに最新情報を伝えてくれた。ありがたい。原因はこうではないかと質問すると、数分でネットから資料を拾ってきて、論理的にボクの説の間違いを正した。寝ろ。

 Mによると、どうやら地上設備が燃えたらしい。そんな話は前代未聞である。原因究明にかかる時間を考えると、島にいるあいだに打ち上がりそうもないと悟った。

 これで二度目。ショックは大きい。されど一度目に懲りた経験があったためか、案外すんなり割り切ることができる。ロケットの打上げを見るとは、こういうものなんだ。打上げに備え、バッテリー残量を残しておいたカメラの電源をつけた。せめて星の写真をと思い、冬のダイヤモンドへレンズを向ける。一枚撮ると、たちまち星々は結露で滲んでしまった。

 帰り路、海沿いの道で車を降りた。穏やかな朝の波の音のなかで、藍色の空に曙の光が染まってゆく。美しいグラデーションは『秒速5センチメートル』の描写を思い起こさせた。こんな空を上ってゆく、まばゆいロケットを眺めたかった。

 つづく……

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