成層圏から見た地球

『アローの野帳』の趣旨

 まずはブログのタイトルにもなっている「野帳」について、すこし話しておきたい。野帳というのは、地質学や測量などの野外調査で使われる小型の手帖のことで、ボクはそういう方面の人ではないんだけれど必ず持ち歩いている。「フィールドノート」と言ったほうがわかるだろうか。思いついたアイディアや初見の知識をパッと書き連ねておくと、外部脳のような使い方ができる。それに記録も残るから、日記やダイアログとしても便利だ。

どこに行っても野帳を持ち歩く。伊豆大島の裏砂漠にて。

 そうしてもう10年以上書きつづけて、すでに本棚には30冊以上の野帳が並んだ。学会で聞いたマニアックな話、巡検での観察記録、一対一で取材した町工場や省庁の人、研究者の話――ネットでは知りえないおもしろい話がたくさん転がっている。しかしここまで増えると読み返すのも容易ではないし、個人的な懐かしいメモの粋を出ず、宝の持ち腐れな気がする。そこで時系列に並んだ情報や知見、経験を体系化して、有効活用するためにネットにまとめるというのが、このブログの趣旨だ。

 モデルにしているのが、古代ローマの大プリニウスが書いた『博物誌』(読んだことはないけれど……)。彼は古今東西の見聞きした情報をひとつにまとめようとしていた。ボクにそこまでの野心はないけれど、自分なりの博物誌をつくりたいと思っている。オンライン博物館を作るみたいで楽しい。

大プリニウス著『博物誌』。ポンペイの噴火をはじめ、古代ローマ時代のあらゆる知識がまとめられている。写真は現存する最古の印刷本のひとつ。国立科学博物館の大英博物館展にて。

※記事は基本的に書いた日ではなく、その事象が起きた日で並べています。必ずしも最新記事がトップにくるわけではありません。

プロフィール

星と人のシルエットを撮りたかったが、被写体がいなかったので寂しく自撮りしたときの写真(笑)。北アルプス・燕岳にある燕山荘にて。着膨れしているとカッコ悪いから上着を脱いだが、標高2,712mは寒かった。

アロー

宇宙好きの大学院生。
ロケットエンジンを研究したり、星を眺めたりしている。
宇宙船の窓越しに、土星の環を眺めながら紅茶を飲むのが夢。

Instagram
twitter

ボクのかんたんな経歴

どんな奴が書いているか、ご参考まで。

  • 20世紀終盤に生まれる

  • 香港に住む

     小学生の大半は香港に住んでいた。東シナ海に面した港町で、人種、言葉、文化の雑多な国際都市だった。

     夕方になると公園にいる多国籍の子どもたちでチームをつくり、自然にサッカーがはじまったりする。数えてみると数日で12ヶ国の子と試合をしていた。当時は当たり前だったから何とも思っていなかったけれど、おかげでグローバル世界の空気感みたいなものがすんなり染みついたわけで、たぶん貴重な体験だったんだと思う。

     真面目な話はさておき、日本で帰国子女と言うとまず聞かれるのが英語のことだが、これは甚だ迷惑でしかない。ボクは“グローバル=英語”という考え自体ナンセンスだと思っているので、ジェスチャーを主戦場に選んだ。ずいぶんと上達した。マ#ドナルドに行って言葉を発さずチーズバーガーを頼んだこともある。ちくしょう、もっと英語を勉強しておけばなぁ……(笑)。

     あとはさまざまなものを目にしたことで、好奇心旺盛な性格になった。このころ古生物学にめっぽうハマるが、次第に関心は宇宙へと移る。 

    中国航天の(おそらく)長征2号Fロケットと、スケッチブックを片手にしたボク。香港と三角州を挟んで対岸に位置する、珠海で開かれた航空宇宙展にて。 


  • 光害を研究する

     帰国してからは中高一貫の男子校に通った。香港で培った好奇心がはたらいて、さまざまな物事に手を出し、そして挫折した。まず泳げなかったのに水泳部に入り、元オリンピック選手育成チームというスイマーたちのあいだで溺れた。「さりげなく俳句を詠めたらカッコいいなあ」と思って、俳句甲子園予選に二度出場したが、センスのなさに愕然とした。香港での経験から国際政治に関心をもって、アメリカ人と10日間合宿するプログラムに参加したが、未熟な英語力は隠しようがなかった。日本地学オリンピックは1点差で予選落ちした。

     それでも実を結んだことのひとつが地学部の活動だった。校内屈指の活発な部活で、元南極越冬隊員の顧問の「本物を自分の眼で見て確かめよ」という方針のもと、各地へ巡検に出かけた。

    地学部の天体観望合宿にて。これを撮ったときはぼっちではない。

     そこで仲間と光害の研究をしていた。PM2.5などの微粒子が大気中をただようと、街の光を反射して夜空が明るくなる。都会で天の川が見えない理由だ。学校は都心にあったため、天体観測に向かないことを逆手にとったテーマだった(もちろん、健康や野生動物への被害もある)。

     高校時代、晴れた夜は毎晩観測しデータと格闘した。天文台へ通い天文学者の先生に指導を受けた。友人の助けもあり学会発表で賞をもらった。けれど想定すべきパラメータが多すぎたのと、数年ではデータが足りず、結局思うような結果には辿りつけなかった。はじめて研究のおもしろさと難しさを知った。

  • 成層圏に気球を飛ばす

     大学生になると、宇宙好きが高じてロケットをつくるサークルに入会した。けれど宇宙好きのボクは、学生のロケットが宇宙まで届きそうもないことが不満だった。そこでひとつのアイディアを思いつく。成層圏に浮かべた気球「スペースバルーン」からロケットを空中発射して、高度を稼ごうと考えた。のちに1950年代に実践例があり、車輪の再発明だと知ったのだけれど。

     実現に向けてサークル内に新しいチームを立ち上げた。しかしゼロからのスタート。当然新しいことをするのに逆風は付きもので、メンバー集めや資金獲得に苦戦し、ほどなくチーム解散の危機に陥った。「机上の空論の天才」と言われたときは、図星ではないかと思いなかなか刺さった(笑)。

     それでも友人の勧めでプロジェクト・マネジメントを勉強したり、サークル外の方も協力、応援してくれた。そして2年後、成層圏にスペースバルーンを飛ばす基礎実験をするところまでできた。無謀と言われた計画に仲間が乗ってきて、助けてくれたことに感謝だ。計画は後輩たちが引き継ぎ、たまに活動の話を聞いては喜んでいる。

    カメラが捉えた成層圏の景色。漆黒の宇宙とベールのような薄く青い大気層が見える。嬉しくなって誰かに見せても、綺麗すぎてボクらが撮ったと信じてもらえないのがちょっと残念(笑)。

  • ロケットエンジンの研究

     大学院生になったいまは、研究室でロケットエンジンの研究をしている。もちろんこちらも日々失敗ばかりである。将来宇宙行くときにエンジン止まったらゴメン(笑)。

    実験のため訪れたJAXA角田宇宙センターでの一コマ。