水たまりに映るロケット発射台
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 シリーズ「ロケットを見に行く」の第二弾である。

 第一弾では、 サークル仲間4人と種子島に向かう途中、 グアムの天候により打上延期になった話をした。桜島の火山を眺めるばかりで、まだ種子島に着いていない。一応ロケットを見に行く話なので、そろそろ種子島に上陸しようと思う。

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ドラえもんと蜘蛛

 鹿児島~種子島のフェリーは、眠るに越したことはない。錦江湾を抜けると、太平洋や東シナ海に通ずる、荒々しい海原が広がる。眠って船酔いを最小限に抑えたい。よって、鹿児島港から種子島・西之表港へは、瞬間移動している感覚に陥る。

 種子島の宿は、森のなかのドームハウスを選んだ。映画『STAR WARS』に登場する、惑星タトゥイーンの住居に似ている。

 着いたとき、すでに辺りは真っ暗だった。ボクは闇が好きだ。夜の森をライトなしでゆく「闇歩き」なるものに参加したこともある。これは多くの方に体験してもらいたいのだけれど、暗闇は案外慣れると心地よい。しかし、車のライトに、妙なドラえもんが浮かびあがったときはギョッとした。さすがに昼に着きたかったと思った。何かがちがう。不気味だ。

 けれど、これぞ旅の醍醐味とも捉えられよう。そう思うべきだ。胸が高鳴ってきた。ボクの宿選びに間違いはない。

 ドームハウスに入って早々、メンバーのひとりが叫び声をあげた。そばの壁に大きな蜘蛛がいた。手のひらサイズはある。

(こ、こんな蜘蛛くらいで、怖がるんじゃない……!)

 自然が売りの宿である。これもまた、旅の醍醐味というやつにちがいない。平静を装い、宿のオーナーを呼んだ。

宇宙センターの落雷

 翌日。ロケットが上がらないから、特にやることもなかった。とりあえず種子島宇宙センターに出かけた。

 空はどんより曇っている。東シナ海の方角から容赦なく冷たい風が吹きつけ、発射場周辺の海を波立たせていた。生暖かい島の空気はどこへ行ったんだろう。きょう打上げじゃなくてよかったかもしれない。と、そのときは思った。

 宇宙センターには科学技術館がある。半年前にも来ていたが、短期間で展示内容が少し変わり、充実していた。飽きない。ただポスターに大きく書かれた、すでに過ぎ去った打上時刻を見ると、何ともやるせない気分になる。

 午後になり、ゲリラ豪雨並みのザーザー降りとなった。さすがは南の島と言ったところか。しとしと雨とはまた別の、こう元気よく降ってくれる雨。こういう雨が好きなのは、香港に住んでいた頃を思い出すからかもしれない。遊んでいて、よくこんな雨に降られたのが懐かしい。

 そんなことを考えていると、突如すさまじい閃光と轟音がした。唖然とする。わずか数十m先に雷が落ちたらしかった。宇宙センターというのは、遮るものが何もないのだ。車に乗っていたからよかったが、出ていたらと思うと恐ろしい。命の危険を感じる。

 2日目にして、旅の醍醐味と思うのも難しくなっていた。ここには書きがたいハプニングもあった。災難が多すぎる。

 その夕、また問題が発生した。再設定された打上日が島を発つ翌日になった。1日足りない。しかしここで帰れば、後悔するのは目に見えている。中継を見ながら「ああ! 昨日まであそこにいたのに!」とつぶやくのは耐えられそうにない。学生には痛手だが、フライトをキャンセルし1日ズラした。上がってくれるよう、祈るしかない。

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種子島宇宙センターの皆様、すみませんでした。

 遠征3日目。朝のニュースで「あさって午前6時20分ごろ打ち上げ」と報じられている。大丈夫だ、ボクはあさってまでいるぞ。

 この日も特にやることはなかった。相変わらず天気も悪い。仕方がないので、保管されている本物のロケットの見学ツアーに出かけた。これも二度目だから、じっくり集中して観察できる。

 以前とちがい展示は整備され、ロケットの前に柵ができていた。半年前は「こんな近づいていいの?」と思うほど、至近距離でロケットを撮影できたのだが。まさか宇宙センターの職員に記事を見られたか? いくら近づいてよいとはいえ、近づきすぎだったかもしれない……。それなりに人気記事だったので不安になる。種子島宇宙センターの皆様、すみませんでした。

 外に出ると少し天気が回復し、種子島に来て初めての青空が垣間見えていた。小型ロケットの古い発射台を散策すると、あたりに大きな水たまりができている。こういうとき、やることはひとつ。遠くに見える現役の発射台も入れて、リフレクションを撮った。なんだか空が近い。まるでアニメだ。ここで打上げを見られたらどんなによいだろう。残念ながら、打上時は立入禁止である。

肩の力を抜いて楽しく

 かなり晴れてきたので、どこか観光しようという話になり、山奥の通信所に車を走らせた。「どうする? ここで延期になったら」と冗談を言い合えるくらい、青空が広がり始めていた。今からすれば、フラグ以外の何物でもない。

 通信所はグアムと同様、ロケットの上昇を追尾する施設だ。パラボラアンテナが立ちならんでいる。もっと大きいかと思ったが、わりと小さい。

 一般公開されている展示の建物に向かうと、何やら入口で、せわしなく電話をかけるおじさんがいた。会社に休みをとる電話らしい。人工衛星を自作しているサークル「リーマンサット」の方と見受けた。自分でつくった衛星の打上げ、仕事どころじゃないのだろう。

 建物に入ると、職員のお姉さんが声をかけてくれた。

「打上延期になりましたけど、これからどうなさるのですか?」
「大丈夫です。きのう、帰りの便を遅らせましたので」

 勝利宣言である。

「きのう……? もしかしてご存知ないのですか? さっき、新しく延期の発表があったんです。そこの紙にありますけど」

 呆気にとられる。ようやく理解した。入口のおじさんの電話は、つまり、そういうことだったのである。変な笑いが出てきた。なぜこうなる。なんだかモヤモヤとしたものが生まれると同時に、もうどうにもならないと分かって、むしろ晴々した気さえしてくる。

 延期の理由は天候悪化が予想されるため。外を見れば晴れわたり、太陽が見えている。本当に天気が悪くなるのだろうか。気力を失ったボクらは、子ども向けのプレイルームに座りこんだ。

「もう今打ち上げようよ、いま!」

 そんな投げやりな声を聞いてか、さっきのお姉さんがやって来て言った。

「ごめんね。かわいそうだから、このペンあげる。宇宙飛行士のサインと言葉が書いてあるんだけど」

 まあ残念だが、記念に受け取っておくことにした。せっかく種子島まで来たのだ、ちょっとはいいことがあっても良かろう。機嫌を直して受けとり、文字を読んで、頭のなかで鐘の音がこだました。

「どれどれ……肩の力を抜いて楽しく――」

 お姉さんが「あっ……」と言った気がしたけれど、実際どうだったかよく分からない。微妙な間が流れた。

 肩の力を抜いて楽しく。

 よい言葉だ。よい言葉ではあるのだが、絶妙にタイミングが悪い。それに挑戦者のイメージが強い宇宙飛行士の言葉の中から、「肩の力を抜いて楽しく」を渡されたのも、偶然とはいえ絶妙である。本当に力が抜けた。宇宙飛行士のバルーンの横に座り込んで、乾いた笑いが込み上げた。

顛末はつづく

 ボクともう一人は、次の日の便で島を発つことになった。せっかく便を遅らせていたのに、予定通りの帰還である。もとの便をキャンセルすべきでなかった。もったいない。一方で、残り二人は種子島残留を決めた。レンタカーで車中泊するという。

 最後の晩はよく晴れた。これから天気が悪くなるとは思えない、満天の星空だった。天の川が濃い。ドームハウスと合わせると、まさしく惑星タトゥイーンの景色に思えた。

 実はこの景色を狙って宿を決めた。みんなには悪いことをしたと思う。だが後悔はしていない。虫が出そうとも思ったけれど、星空がボクを呼んだのです。ボクの宿選びに間違いはないのだ。最後の最後で、ささやかな救いがあった。(遠征メンバーがこの記事を読んでいないことを祈る。でないと呪われるにちがいない。)

 こうして後ろ髪を引かれる思いで、種子島をあとにした。ロケットを見たかった。なかなか手ごわい相手らしい。

 残った二人はその後、蚊と格闘しながら車中泊に耐えた。天候悪化の予想で打上延期になった日は、晴れていたという。解せぬ。(予報官~!)

 そして打上当日を迎えた。発射台にはH-IIBロケット7号機が置かれ、残留組はオリオン座を眺めながら打上スタンバイ。羨ましいかぎりである。ここまでは。

 推進系のトラブルが見つかり、打上1時間前だったか、延期が決まった。つまり、我々全員、種子島に来る前から、打上げを見られないと決まっていたことになる。なんという運のなさだろう。二人は蚊との対決もあり、相当懲りた様子で帰ってきた。大学で会って、最初に話した言葉は「二度と車中泊はしたくない」。

 その後もさらなる天候悪化を受けて延期され、上がったのは2週間後だった。サークルの先輩が一か八か、前日に島に乗りこんだらしい。たぶん宿もとっていないが、見事な写真を撮影していた。強運の持ち主である。

 種子島H-IIBロケット遠征は終わった。もう懲りごりだ。次の遠征は、ロケットが日常的に上がる時代まで、あるいは、2、3週に1度のペースで打ち上げるアメリカに行くまで待とう。

 そのはずであった。わずか1年後、ふたたび種子島に立つことになる。

 つづく……

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