爆発する桜島

 「学生のあいだにロケットの打上げを見ておいたほうがいい」

 そうおっしゃったのは我らがロケットサークル「WASA」のOB・OGだ。今は日本の宇宙開発の最前線にいる大先輩方である。しかし聞くと、ロケットの打上げを見たことがないという方もいらっしゃる。

 仕事で種子島の発射場に行くことはあっても、管制室でモニターとにらめっこ。自分の機体が飛んでいく姿を見ることはできない。よくある話らしい。

「就職したらロケットの打上げは見られない。いまのうちに行っておきなさい」

 2018年9月、 かくしてサークルの有志メンバー4人は、H-IIBロケット7号機の打上げを見るべく種子島へ向かった。長い旅のはじまりだった。本当に長い。これはその顛末記である。

暇つぶしの桜島

 東京から種子島宇宙センターに行く方法はいくつかある。だが学生はつねに貧乏神との戦いだ。バイトで貯めた程度のカネで贅沢はできないので、なるべく安くたどりつかねばならない。

 そこでまず羽田から鹿児島空港まで飛ぶ。本当はそのまま種子島空港行きの飛行機に乗りかえたいが、飛行機代はバカにならぬ。鹿児島まで飛行機を使っただけでも贅沢というものだ。諦めて船で行くことにする。贅沢は敵、人生諦めが肝要。

 鹿児島県の中央には錦江湾(鹿児島湾)がある。フェリーの港はその湾の西側の街にあるが、鹿児島空港は北側にあるのでバスで移動する。桜島を望む港で高速フェリーに乗船、船酔いと対峙することおよそ2時間半、種子島北部・西之表に到着。

 まだ終わらない。日本地図で見るとわかるが種子島は意外とデカいのだ。宇宙センターは島の南端にあるから、さらにレンタカーで数十キロ南下しなくてはならない。

 ボクらは鹿児島に早く着きすぎてしまった。普段ならお布団ブラックホールの重力につかまっている1限の時間、飛行機に乗っていた。フェリーの時間まで半日も余っている。だがノープランである。無論、飛行機はあらかじめ予約してあったので時間が余ることはわかっていた。だがノープランである。

「これからどうする?」ボクがメンバーに聞いた。
「なんにも考えてない。もしかしてプラン立てずに来た?」

 まったく呑気なものだ。暇になることがわかっていながら、誰も、何も、暇つぶしを考えていなかった。少しは遠征を企画したボクの助けになるよう、何かしら考えておいてほしい。

 とりあえず港にあった観光パンフを見ながら作戦会議をはじめたが、中途半端な時間でそれなりに満足できそうな場所を見つけるのは難しい。「どうしようか」「どうする?」と言い合いながら4人ともベンチに定住しそうであり、めんどくさくなって議論が進む気配もない。なんなら夕方まで港で昼寝も悪くないと思えてくる。だが忘れるんじゃないと言わんばかりに、目の前に桜島が構えていた。

 高校で地学部にいたボクにとって、桜島は一度訪れてみたい場所だった。世界中の教科書に載っているという超有名火山。ボクも小学校の理科、中高の地学、そして大学ではなんとアメリカ人が書いた電磁気学の教科書で目にしている(火山雷の写真が表紙だった)。そんな憧れの溶岩パラダイスが目の前にあるわけで、行かずにはいられない。

爆発で運を使い果たす

 桜島の満足度は想像以上だった。よくネットに上がっている写真でありえないコントラストと鮮やかさのものがあるが、桜島は写真で撮るよりもコントラストが際立って見える気がする。本当にリアルで見ているのか疑わしいくらい。荒々しい地形のせいか、近くで見るとまるでサイズのちがう富士山のような雄大さと存在感である。

 上陸して歩いていると、あちらこちらで黒い玄武岩が目に付いた。道路のコンクリート以外は全部玄武岩と言ってもよい。火山ガスが抜けた穴の開いた、真っ黒な岩や石ばかり転がっている。その景観を大事にしているのだろう。青いはずのファ○リーマートが黒っぽいこげ茶色をしていて、しばらくそれがファ○マだと気付かなかった。

 ビジターセンターはもはや博物館である。数メートルの高さの地層が展示されていたが見事に軽石ばかりだ。ひとつひとつの層がかなり厚く、床から天井まであるのに江戸時代までの層しか入りきらない。今まで見たことのあった地層と大きくちがっていて、火山のそばではこうも極端になるのかと驚かされる。

 地層のほかに爆発の回数が書かれたパネルがあった。去年は81回、今年は(訪れた9月時点で)195回。つまり1日1度くらい爆発していることになる。そんなにしょっちゅう爆発しているのか! 今日も見られるかもしれない。目の前の山が爆発するのだ、見たいに決まっている。

 桜島の紹介ビデオの上映が終わって係の人が言った。 「実は上映中に爆発しまして、今たぶん煙が見えていると思います」

 なんてこった! 急いで外に出た。山の上に灰色の煙があって確かに爆発したであろうことは分かった。だいぶ拡がってしまって雲と見分けがつきにくい。惜しいことをした。爆発の瞬間を見たかった。ちくしょう、ビデオ上映のタイミングが少しズレていれば! 仕方がないので煙が拡がる様子だけでも写真に収めようと、構図を練りつつカメラを向けた。

 撮影をはじめて1、2分後、ほんの数秒よそ見をした。ふり返るとさっきまでなかったモクモクした黒い煙がのぼっていく。まさかと思ったがすぐ確証に変わった。運がいい、2度目の爆発だ。音が聞こえるだろうと耳を澄ませてみたが静かなままだった。けれど煙が上っていく景色には力強さがある。現地の人にとってはいつものことなのだろうが、近くで見るとその迫力に怖くなる。

グアムの罠

 火山をさらに近くで見ようと、山の中腹へ向かうバスに乗った。まだ爆発を見た興奮が冷めず、もし中腹にいるときに見られたら最高ではないかと想像が膨らむ。急勾配でかなり蛇行している山道なのに酔わないのだろうか、横でtwitterを見ていたメンバーのひとりが呟いた。

「ああ、あした延期だって」

 そうだった。ボクは桜島を見に来たのではなく、ロケットの打上げを見に行くのだった。そうか、残念。爆発を見られて浮かれていたので少々ショックである。でも大して驚きはしない。実は少しまえから天候悪化が予報されていて、前日の夜には「それでも行くか行かないか」という議題でLINE会議があった。些細な延期は想定内。そんなこともあろうかと3泊4日の日程を組んでいる。動揺するものでもあるまい。が、次の言葉には耳を疑った。

「なんかグアムがダメらしい」

……え、グアム?

 種子島から遠く離れた米国領・グアム島。一見すると無関係だが、実はロケットを追跡するアンテナがあるという。「だからグアムで何かおきると、ロケット飛ばないんですよ」という冗談半分の話を、ずいぶん前に聞いた覚えがある。実際にあったという話は聞いたことがないけれども。本当か?

「グアムに台風来てるらしい」

 ボクのなかで何かが静かに爆発した。延期になる理由が恐れていた種子島の天候ではなく、よりにもよって何千キロも南のグアム島である。「明日には初めて本物の宇宙ロケットを見られる!」という期待は、拡がる噴煙のように急速に淡く薄まっていった。どうやら爆発を見た時点で運を使い果たしてしまった気がする。幸先がよろしくない。

 とはいえ滞在時間に余裕はある。開き直るしかない。まあこれも旅の醍醐味だ。

 短い時間のなかで桜島を満喫した。山の中腹では爆発こそ見られなかったものの、溶岩流の跡がはっきり見えた。溶岩をせき止めて避難のための時間稼ぎをするのだろう、人工的な堰が設けられていて、危険と隣り合わせの場所にいる実感が湧く。さすが活発な火山だ。

つづく……