種子島宇宙センターのリフレクション

 「学生のうちにロケットの打上げを見たほうがいい」というサークルOBのすすめを受け、サークル仲間4人と、ロケットの打上げを見に種子島へ向かった。

 ところが、ロケットの追跡アンテナがあるグアム島に台風が接近。途中立ち寄った桜島で暇つぶしに噴煙を見上げていたところへ、打上延期が知らされた。いつ打ち上がるかわからないなか、滞在する4日間に打ち上がってくれると信じ、種子島行きのフェリーに乗りこんだ。

 ロケット打上見学紀行、第二稿。

不気味なドラえもん、そしてクモとの邂逅

 鹿児島~種子島のフェリーは、眠るに越したことはない。錦江湾を抜けると、太平洋や東シナ海に通ずる、荒々しい海原が広がる。眠って船酔いを最小限に抑えたい。だから、鹿児島港から種子島・西之表港へは、いつも瞬間移動している感覚になる。

 種子島の宿は、森のなかのドームハウスを選んだ。映画『STAR WARS』に登場する、惑星タトゥイーンの住居に似ている。

 着いたとき、すでに辺りは真っ暗だった。ボクは闇が好きだ。夜の森をライトなしでゆく「闇歩き」なるものに参加したこともある。これはたくさんの方に体験してもらいたいのだけれど、暗闇は案外慣れると心地よい。

 しかし車のライトに、妙なドラえもんの姿が浮かびあがったときはギョッとした。さすがに昼に着きたかったと思った。何かがちがう。不気味だ。

不気味なドラえもん
何かがちがう。

 けれど、想定外のものに出くわすのは旅の醍醐味とも言える。「ここは楽しむべき」。そう言い聞かせて大いに胸を高鳴らせた。おもしろいじゃないか、ボクの宿選びに間違いはない。

 ドームハウスに入って早々、メンバーのひとりが叫び声をあげた。そばの壁に大きなクモがいる。手のひらサイズを超えている(こ、こんなクモくらいで、怖がるんじゃない……!)。

 森のなかにある自然が売りの宿だから仕方ない。これもまた、旅の醍醐味というやつにちがいなかった。平静を装い、宿のオーナーに捕まえてもらった。

宇宙センターの落雷

 翌日。本当はこの日にロケットが上がるはずだったが、上がらないので特にやることもなかった。とりあえず種子島宇宙センターに出かけた。

 この日の空はどんより曇っていた。東シナ海の方角から容赦なく冷たい風が吹きつけ、発射場周辺の海を波立たせていた。生暖かい島の空気はどこへ行ったのだろうか。きょう打上げじゃなくてよかったかもしれないと、そのときは思った。ただ、掲示されたポスターに大きく書かれた、すでに過ぎ去った打上時刻を見ると、何ともやるせない気分になる。

 午後になり、ゲリラ豪雨並みのザーザー降りとなった。さすがは南の島と言ったところか。しとしと雨とはまた別の、こう元気よく降ってくれる雨。こういう雨が好きなのは、香港に住んでいた頃を思い出すからかもしれない。遊んでいて、よくこんな雨に降られたのが懐かしい。

 そんなことを考えていると、突如すさまじい閃光と轟音がした。唖然とする。わずか数十m先に雷が落ちたらしかった。宇宙センターというのは、遮るものが何もないのだ。車に乗っていたからよかったが、出ていたらと思うと恐ろしい。命の危険を感じた。

 2日目にして、旅の醍醐味と思うのも難しくなってきていた。実はここには書けないハプニングもあった。災難が多すぎる。

 その夕、また新たな問題が発生した。再設定された打上日が島を発つ翌日とわかったのだ。1日足りない。しかしここで帰れば、後悔するのは目に見えている。中継を見ながら「ああ! 昨日まであそこにいたのに!」とつぶやくのは耐えられそうにない。学生には痛手だが、フライトをキャンセルし1日ズラした。上がってくれるよう、祈るしかない。

種子島宇宙センターの皆様、すみません。

 遠征3日目。朝のニュースで「あさって午前6時20分ごろ打ち上げ」と報じられている。大丈夫だ、ボクはあさってまでいるぞ。

 この日も特にやることはなかった。相変わらず天気も悪い。仕方がないので、保管されている本物のロケットの見学ツアーに出かけた。これも二度目だから、じっくり集中して観察できる。

 以前とちがいロケットのそばの柵の位置が変わっていた。半年前は「こんな近づいていいの?」と思うほど、至近距離でロケットを撮影できたのだが。もしかすると宇宙センターの職員が記事を見て「おい! いくらなんでも近づきすぎだ!」と思ったのかもしれない。それなりに人気記事だったので。種子島宇宙センターの皆様、すみません……。

H-IIロケット7号機第1段
H-IIロケット7号機第1段。半年前とちがい、機体の側面に近づけなくなっていた……

 外に出るとすこし天気が回復し、種子島に来て初めての青空が垣間見えていた。小型ロケットの古い発射台を散策する。あたりに大きな水たまりができていた。こういうとき、やることはひとつ。遠くに見える現役の発射台も入れて、リフレクションを撮った。

種子島宇宙センターのリフレクション
左側に組立棟、中央に現在の射場、右手にかつての小型ロケット用射場。

 なんだか空が近い。まるでアニメだ。ここで打上げを見られたらどんなによいだろう!(残念ながら、打上時は射点に近すぎて立入禁止である)

肩の力を抜いて楽しく

 かなり晴れてきたので、どこか観光しようという話になり、山奥の通信所に車を走らせた。「どうする? ここで延期になったら」と冗談を言いあうくらい、青空が広がりはじめていた。今からすれば、フラグ以外の何物でもない(笑)。

 通信所はグアムと同様、ロケットの上昇を追尾するアンテナが立ちならんでいる。もっと大きいかと思ったが、わりと小さい。

増田宇宙通信所のパラボラアンテナ

 一般公開されている展示の建物に向かうと、何やら入口で、せわしなく電話をかけるおじさんがいた。会社に休みをとる電話らしい。人工衛星を自作しているサークル「リーマンサット」の方と見受けた。自分でつくった衛星の打上げ、仕事どころじゃないのだろう。

 建物に入ると、職員のお姉さんが声をかけてくれた。
「打上延期になりましたけど、これからどうなさるのですか?」
「大丈夫です。きのう、帰りの便を遅らせましたので」
 勝利宣言である。
「きのう……? もしかしてご存知ないのですか? さっき、新しく延期の発表があったんです。そこの紙にありますけど」

 呆気にとられた。ようやく理解した。入口のおじさんの電話は、つまり、そういうことだったのである。複雑な笑いが込み上げてきた。「なぜこうなる!?」というモヤモヤした気持ちの一方で、もうどうにもならないとわかって、晴々した気もしてくる。

 延期の理由は天候悪化が予想されるため。外を見れば晴れわたり、太陽が見えている。本当に天気が悪くなるのだろうか。

「もう今打ち上げようよ、いま!」
 そんな投げやりな声を聞いてか、さっきのお姉さんが言った。
「ごめんね。かわいそうだから、このペンあげる。宇宙飛行士のサインと言葉が書いてあるんだけど」

 残念だが、記念に受け取っておこう。せっかく種子島まで来たのだ。ちょっとはいいことがあってもよかろう。機嫌を直して受けとり、宇宙飛行士の言葉を読んだ。

打上延期時に増田通信所でもらったボールペン
肩の力を抜いて楽しく

 お姉さんが「あっ……」と言った気がしたけれど、実際どうだったかよくわからない。微妙な間が流れた。

 よい言葉だ。よい言葉ではあるのだが、絶妙にタイミングが悪い。挑戦者的イメージの強い宇宙飛行士の言葉のなかで、よりにもよって「肩の力を抜いて楽しく」とは。乾いた笑いが込み上げた。

 “肩の力を抜いて楽しく”。ロケット打上延期時の心がまえである。

顛末はつづく

 ボクともう一人は、次の日の便で島を発つことになった。せっかく便を遅らせていたのに、予定通りの帰還である。もとの便をキャンセルすべきでなかった。飛行機代がもったいない! 一方で、残り二人は種子島残留を決めた。レンタカーで車中泊するという。

 最後の晩はよく晴れた。これから天気が悪くなるとは思えない、満天の星空。天の川が濃い。ドームハウスと合わせると、まさしく惑星タトゥイーンの景色に思えた。

惑星タトゥイーンより

 実はこの景色を狙って宿を決めた。それなりにアウトドア派向けの宿だったから、みんなには悪いことをしたと思う。が、後悔はしていない。虫が出るかなと(実は)思ったけれど、星空がボクを呼んだのです。ボクの宿選びに間違いはなかった。最後の最後で、ささやかな救いがあった。(遠征メンバーがこの記事を読んでいないことを祈る。でないと呪われるにちがいない。)

 こうして後ろ髪を引かれる思いで、種子島をあとにした。ロケットを見たかった。なかなか手強い相手らしい。

 その後、残った二人は蚊と格闘しながら車中泊に耐えた。天候悪化の予想で打上延期になった日は、晴れていたという。解せぬ(予報官~!)。

 そして打上当日を迎えた。発射台にはH-IIBロケット7号機がおかれ、残留組はオリオン座を眺めながら打上スタンバイ。羨ましいかぎりである。ここまでは。

 推進系のトラブルが見つかり、打上1時間前だったか、延期が決まった。つまり我々全員、種子島に来る前から、打上げを見られないと決まっていたことになる。運が悪い。二人は蚊との対決もあり、相当懲りた様子で帰ってきた。大学で会って最初に話した言葉は「二度と車中泊はしたくない」(笑)。

 その後もさらなる天候悪化を受けて延期され、上がったのは2週間後だった。サークルの先輩が一か八か、前日に島に入ったらしい。たぶん宿もとっていないが、見事な写真を撮影していた。強運の持ち主である。

 種子島H-IIBロケット打上見学は失敗に終わった。懲りごりだ。次の遠征は、ロケットが日常的に上がる時代まで、あるいは、2、3週に1度のペースで打ち上げるアメリカに行くまで待とう。そう思っていたのだが、わずか1年後、ふたたび種子島に立つことになる。

次回、ロケット打上見学紀行、第三稿『そしてロケットは煙に包まれた @種子島』