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 時に西暦2020年6月21日。人生5度目の日食を連続写真に収めようと、8分おきにカメラのシャッターを押している。けれど曇天に太陽の光は見えない。もう一番欠けている頃なのだが。

 太陽が出てくるまでのあいだ、これまで見た日食の思い出話にでも付き合ってほしい。お時間があれば、前編『あのときの日食:予測、大いにハズれたり』もどうぞ。

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2012年、追試を免れた金環日食

 一大イベントがやってきた! 都心での金環日食だ。普段は政治経済縛りのニュースや新聞も、このときばかりはだいぶ前から盛り上がった。アニメ『宇宙兄弟』のオープニングも金環日食になったし、リングということで金環になると同時に婚約指輪を出してプロポーズした人もいたとか。

 ボクは中学受験を終えたはいいものの、週数回の数学の小テストで追試常習犯となっていた。このままでは追試がある早朝1限前と、金環日食の時間帯が重なりかねない。皆が歓声を上げるなか、教室で黙々と追試など耐えられたもんじゃない。日食の日だけでも回避しなくては。ひと月前から勉強に精を出した。

 だが回避はできなかった。不合格メンバーが黒板に書き出された。名字の一文字目が見えたときの無念は忘れがたい。一生に何度あるか分からないチャンスを逃した。自分がもっとデキる奴ならば。追試の日がズレていれば。だいたい毎授業ごとに重いテストを課すのはいかがなものか!

 しかし幸運なことに、その回だけ特別に追試免除が発表された。数学の先生も日食を見たかったらしい。歓喜。追試がなかったのは、このときと数学の先生が休んだときくらいである。

 時に西暦2012年5月21日。地学部に入っていたボクは、珍しく追試もないのに早朝に登校し、Hα望遠鏡をスタンバイした。次第に様々な学年の生徒が前庭へ集まってくる。太陽のほうはみるみるうちに欠けてゆく。友人たちも登校してきて、日食と一緒に記念写真を撮ったりして楽しんだ。

 金環を前にして急に寒くなった。何かで読んだことのある、太陽が欠けたための気温低下だろうか。友人は怖がり皆一斉にざわめき出す。昔の人が日食を天変地異やその前触れとして恐れたのも、なるほど、体験すると頷ける。

 いざ、金環。望遠鏡で太陽がリングになったことを確認し、しばらくして前庭じゅうで歓声が上がった。そしてあっという間に終わった。太陽は明るさを増してゆく。意外と呆気ない。

 2012年の金環食は太陽が欠けることよりも、急激に寒くなったことと、大勢で日食を見たときの、自然の驚異に対する人の反応が印象的だった。しかし何よりも記憶に残ってしまったのは、追試免除だった。

2019年、撮影中に取材を受ける

 時に西暦2019年1月6日。ボクは東京スカイツリーの下を走っていた。なんとしても日食を撮影しようと太陽の見える場所を探し、たまたま視界の開けたスカイツリーの真下に来てしまった。

 入場口の前では大がかりな日食観望会が行われていた。その脇に三脚をセット。そういえば一眼レフで日食を撮るのは初めてだ。前回から7年も経ってしまったんだなあと少し感慨にふけりながら、シャッターを押す。

「すみません、ちょっといいですか?」
すぐそばで話しかけてきた者がいる。日食を見る人を取材する、共同通信の記者だった。矢継ぎ早に質問が降ってくる。

「天文ファンの方ですか?」
「ファンというほどではないですが、星は好きです」
「大学のサークルなどでそういった活動をされているとか?」
「宇宙航空研究会というところにいます。ボクはロケットをメインでやってますが、天文のチームもあって、たまに観測に出かけたりもしますよ」

 ここぞとばかりにサークルの宣伝をしておいた。何が予算確保につながるか分からないのでね。

「今日はどうしてこちらに?」
「このあと近くで用事があって、そのまえに日食を見ておこうと思いまして」
「用事とは?」
「ロケット関連です」
「宇宙、好きなんですねえ」

 ずいぶん細かく聞いてくる。取材とはこういうものなんだろうか。ひとつの記事はかなり調べ上げた結果なのだろうな、と関心する。

「今までも日食をご覧になられましたか?」
「ええ、何度か」
「最後は?」
「金環日食のときですから、2012年ですね。懐かしいです」
「だいぶ前ですもんね。久しぶりの日食の感想はいかがです?」

 とうとう本題にきた。しかしボクは何も答えを用意していない。

 おそらく記者の人は、宇宙のロマンを感じるとか、自然の神秘に心奪われる、というような回答を期待していたのかもしれない。けれども天文ファンにそんな答えを求めるだろうか。もちろん神秘的だが、そういう感想はすぐそばの親子連れに言ってもらったほうがよい。初体験の日食は強烈だ。

 ではボクはどう思っているんだろう。もう懐かしいとは言ったあとだ。

 しばらく考えて、やはりいつもの感想に行き着いた。「太陽と月が運行しているなぁ」と、当たり前の事実に静かに感激するのだ。宇宙空間に浮かぶ星々が重力による軌道に沿って動き、そのひとつの結果として、太陽系の主星を地球の衛星が隠している。それをいま目撃している。世界の不思議さ、おもしろさに、生きている実感が湧いてくる。興奮するではないか。さあ、この興奮をなんと言い表そう?

 頭をフル回転させて、ようやく言葉を引っ張り出した。

「そうですね。欠けてるなぁって感じです」

 その夜、金環日食の記事が掲載された。“全国の天文ファンが日食を楽しんだ”といった具合で、見事にまとめられていた。もっと気の利かせた言葉を出せなかったのか! 記者の方、そして全国の天文ファンの皆様、ごめんなさい……。

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そして、2020年の部分日食

 森へカラスが帰っていった。雨が降るまえの匂いを感じる。風は肌寒い。結局2時間半粘って、一度も太陽を見ることはなかった。ううむ。

「だから言ったじゃない。アンタが何時間も前からカメラを出すと曇るし、アンタが見に行くとロケットは上がらない。アハハハ」
 室内に戻ったボクを母が笑った。ううむ。

 人間、天気には勝てない。こればかりはどうにもならない。楽しみは2030年までお預けのようだ。

 まあよい。月食でなくてよかったと思おう。ボクは日食より月食のほうが好きなんでね。

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