七世紀の都・飛鳥をママチャリで行く
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平城京や平安京よりも昔の古都、飛鳥に行ってきた。

以前から行こう行こうと思いつつ、ちゃんと訪れたことがなかったので、しっかり一日時間を取った。

と、言っても、飛鳥は広い。古都とはいえ都市だったわけだし。

そこで使ったのがコレだ。

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レンタサイクル。

これが安いし楽である。丸一日乗っても千円かからない。周辺地域の駅前などで借りられるので便利だ。

かつての日本の中心地「藤原宮跡」へ

10:30ごろ、橿原神宮前駅を出発した。目指すはかつての日本の中心地「藤原宮跡」。

ところが、30分くらいで藤原宮跡に着く予定だったのに、いつになっても着かない。

小さな脇道に迷い込んで完全に迷子になった。

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途中で通りかかって、ちゃんと辿り着けますようにと参拝。

春日神社かな? 静かでいい神社だった。

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テキトーに走っていたところ、看板を発見。紀寺跡。

こうだったかも、ああだったかもと書いてあるけれど、結局何にも分かってないという(笑)。

まあ、すごいお寺だったのだろうということで、空き地でパノラマ写真を撮っていると、野球少年たちに変な目で見られた。

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この看板のおかげで現在位置を特定。一路、藤原宮跡へ。

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途中で奇妙な地形を発見。またもや寄り道(笑)。

平地なのに、ここだけ不自然に盛り上がっている。

一周したり登ってみたりして気付いたのが、多分コレ、元々は古墳ではないか? 二段になっていたり、整地されていたり、明らかに人工的な地形だ。

今は公園になっていて、猫のたまり場でした。猫と遊ぶのって楽しいよね(笑)。

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やっと藤原宮跡に到着。

30分の予定が1時間以上かかった……。

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西暦694〜710年、日本の行政の中心だった場所。今で言う「国会」兼「皇居」兼「各省庁」って感じらしい。

さすが行政の中心なだけあって、広い。だだっ広い。しかし、何もない

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人のいない広い場所に、自分とママチャリだけ。もちろん、こうなったら走り回るのみである。千年以上前の国会の上を、ママチャリで全力疾走! 実にむなしい(笑)

このあとで、夜に平城京の上も走り回ったからスゴい。一日で二度も国会の上を走り回った男!

1300年の時を経て? 平城京大極殿でグルグル回る星
この日の夜、平城京でも走り回った
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柵があって入れない場所も。調査チームだろうか? 車が入っていった。

飛鳥資料館で治水技術に目を見張る

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その後、飛鳥資料館へ。

面白い展示がたくさんあったけれど、ほとんどが写真撮影禁止なのが残念だ。

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「猿石」と呼ばれている7世紀の彫刻(のレプリカ)。

墓などに置かれていたらしい。なんとなく、こういうの、いいよね。

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飲みたいと思いません(笑)

驚いたのがコレ、現代に噴水として作り変えたのではなく、当時から噴水として作られたってこと。

電動じゃないとは…… いったいどうなってるんだ!?

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もう見れば見るほど、治水技術の発達が凄い

7世紀にここまで水を管理していたとは……

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飛鳥全景。

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同年代らしき人がボクと同じことを考えていたらしい。同じくレンタサイクルで回っていた様子。まったく、世の中には変な奴がいるもんだ(自分もだけど……)。

寄ってみたらスゴかった飛鳥坐神社

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資料館見学後、飛鳥寺を目指す。

途中で飛鳥坐神社(あすかにいますじんじゃ)という所を通りかかったので、ついでに寄ってみた。

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階段が長い……

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上の方まで来ると、万葉集の石碑が。

へえ~と思いつつ通り過ぎたけれど、あとでこの神社、万葉集の他、古典に度々登場する由緒ある神社だと分かった。『日本紀略』には、892年に別の場所から遷座されたとあるらしい。

寄ってみただけなのに、とんでもない神社じゃないか!

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友人たちの受験合格を祈願。

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1月なのに桜っぽい花が咲いてた。きれいだった。

飛鳥寺と蘇我入鹿の首塚

その後、すぐ隣の飛鳥寺へ。

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この中に大仏がいたらしいが、ちょっと拝観料が高かったので入らなかった。友人たちに土産のお守りを買った。

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さて、おもしろいのはここから。

この寺、看板を見ると蘇我馬子が造ったとある。あの有名な蘇我氏ですね。

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で、寺を出たところにこんな看板も。それによれば大化の改新の舞台だったようだ。

西暦645年、中大兄皇子と中臣鎌足はここに陣を構え、蘇我入鹿を暗殺後、蘇我蝦夷の館を睨んでいたと。確か、蝦夷は火を放って自害したんだっけ。蘇我氏一族が造った寺が敵の陣地になるとは皮肉なもの……。

このあと、正式に日本が建国された壬申の乱でも軍隊が布陣したそう。

歴史を感じる。

さて、そんな蘇我入鹿が暗殺された時の首が飛ぶ瞬間の絵は有名だが、地図にその首塚が載っているので探してみた。

が、見晴らしの良いところなのに見渡す限りそんなものどこにもない。周辺を10分くらい走ったものの見当たらず、結局飛鳥寺の近くにいた地元の方に聞いた。

「あれだよ、あれ」

「え? どれですか?」

「(指を指して)ほら、そこの石の」

「え? ホントにそれですか?」

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蘇我入鹿の首塚。

看板など、何もなし。

7世紀に我が物顔で歩き回っていたはずの豪族は、悪行によりその後千年以上、このありさまだ。いや、いくらなんでも、かわいそうじゃないか?

甘樫丘で蘇我蝦夷を羨む!

首塚の向こうに見える丘の上が、蘇我蝦夷の館があった場所。今は万葉自然公園の展望台になっているので、上がってみた。

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こうなっていたんだなぁ。

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写真右奥が午前中に行った藤原宮跡。

蝦夷、こんな景色のいいところに館を構えていたのか。羨ましいぜ。

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飛鳥寺と小さく首塚。

ちなみに、南側以外、ほぼ全方位が見えた。登るのは意外と大変だけれど最高の眺めである。

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自転車を飛ばして橿原神宮前駅に戻る途中、どこにでもありそうな普通の池を通った。

が、ここの看板を読んでビックリ!

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『日本書紀』や『万葉集』にも登場する人工の池だった。こんな池で『万葉集』だと?

当時は残っていたであろう美しい自然を見て詠んでいるのかと思いきや、首都にある人工の池だそうだ。今の時代で言えば、井の頭公園で詠まれた歌が千年以上伝承されて、中高生を苦しめてきたということになる。勘弁してくれ……(笑)

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15時頃返却。

いろいろな発見がある、素晴らしい旅だった。

ただひとつだけ、問題が。

学生が気軽に食べられそうな食事処が駅の近く以外どこにもない。帰ってきて初めて、コンビニで昼食におにぎりを買った。

もし今度行く方がいたらお気をつけて。

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最後に、近鉄ファンが喜びそうな写真を一枚。

今回は飛鳥の北側しか行ってないので、次回に続きそうだ。

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