京大吉田寮。
「古い」「ボロボロ」「カオス」のイメージで有名な、歴史ある寮だ。
そんな吉田寮に(京都観光の寝床を求めて)行ってきたのだが、世間で言われる印象とちょっと違った。
※この記事、写真が引用ツイート以外ありません。理由はのちほど。
いろいろヤバそうな吉田寮の噂
ボクが吉田寮を知ったのは高校生。先輩が入寮したときである。
その後、アニメ『四畳半神話大系』を見て、ちょっと憧れるように。主人公がいる下宿「下鴨幽水荘」のモデルが吉田寮なのだ。
入学したばかりのころ、大学生協の紹介でここを訪れたとき、九龍城に迷い込んだのかと思ったのも無理からぬ話だ。
四畳半神話大系 第一話
古都・京都に住む自由な学生たちの歴史ある寮。おもしろそうではないか。行ってみたい!
で、ほかの先輩たちが訪れたとき話を聞かせてもらった。だいたいいつも同じ感想、「あれはヤバい」である。
歴史がヤバい寮、吉田寮
いったいどう“ヤバい”というのだろう?
まずはその歴史。
吉田寮には新棟と現棟があり、 現棟は築100年以上の木造建築。1913年新築だという。
1913年といえば、大正時代。護憲運動の時代だ。うわっ、歴史だなぁ。
その頃からずっと使いつづけ、今も昔も寮である。
さらにいうと、実は1889年竣工の寄宿舎を移設したとか。め、明治時代……。「いったい何があった年かなぁ」と検索をかけると、大日本帝国憲法公布……!? そのころの面影が今も残っているらしい。
すげぇ・・・。歴史だなあ・・・。
そんな歴史ある寮だから、建築の観点で見ても重要な建物。建築史学会と日本建築学会近畿支部から保存要望書が出ている。まぁ、そうなるだろうなあ。
空間がヤバい寮、吉田寮
歴史もスゴいのだけれど、さらにヤバいのが空間。コレ。
まあ、ぱっと見ヤバそうだけど、みんなで使ってる部屋って、散らかせばこんな感じになるもんじゃないかな。ちょっと掃除すればきれいになりそうだし、大丈夫圏内だと思う。
吉田寮、いざ宿泊。
そんなわけで、ちょっと興味があった吉田寮、京都観光のとき宿としてピッタリではないかと、実際に泊めてもらった。
到着して最初の感想。確かにボロボロ。
当たり前だ。築100年以上だし。むしろきれいに残っているというべきだろう。
今日の寝床を聞く。寮生は部屋があるが、宿泊客は印刷室で寝てもらうそう。え、印刷室?
行ってみると印刷機はなかった(笑)。管理棟と呼ばれるエリアの一画で、和室の大部屋。ベッド複数あり。以前は印刷室だったらしいが、今は会議部屋と宿泊者用の部屋を兼ねているらしい。
ちなみに、女性の宿泊客は他にちゃんと部屋があるそう。
そしておもしろいのは、宿泊客は好きなところで好きなように寝ること。ベッド選びは早い者勝ち。でも、別にベッドじゃなくてもいいとか。基本自由。
部屋の端にハンモックを見つけたボクは、人生初ハンモック睡眠の誘惑に駆られ、寝床を確保した。最高だ。
一通り、周囲の様子を見てみる。
ひと目見て分かる特徴は、壁中ビラや落書きだらけ。
最近のものから昔のものまで。じっくり観察するとおもしろい。
中には鉱物の写真なんかもあってジオい(これ、完全にボクの先輩の仕業でしょ(笑))。
廊下は古い学校の校舎のようだ。こういう雰囲気、好き。
窓やドアは開けっ放しだが、部屋のほうは閉まっていて虫が入ったりはしない。
部屋の様子は、さっきの引用ツイートの写真のような感じ。床はだいたい物で埋まっていて、足の踏み場を探すのが極めて難しい(笑)。たまに掃除したりするのだろうか。
それから、部屋の中も外も洗濯物多数。生活感がある。
冷暖房は部屋によるそうだが、僕が泊まった部屋にはちゃんと備わっていて、かなり快適だった。
そして、最大の懸念事項、ハウスダスト。噂では喘息持ちの人が治ってしまうレベルだと言われるほどだった(そんなわけないだろう!)。
実際は、ハウスダストがないというわけではないけれど、全然大丈夫。
そろそろ気付く。 あれ? ここまで全然ヤバそうじゃないぞ?
そう、人から聞くイメージとちょっと違うのだ。もっとボロボロで、「どうやって生活するんだ、ココ!?」みたいな世界を想像していたのに、至って普通なのである。
ボロボロといえばボロボロかもしれないけれど、古いお寺とかと一緒で、木造建築がボロボロに見えるだけ。むしろ、趣深い。実際はちゃんと生活できるレベルだった。
それにしても、あまりに快適すぎて、木造建築技術に感心するしかない。100年前の人はどうやって生活していたんだろうと思っていたけれど、今と変わらないじゃないか!(エアコンはあったけれど)
吉田寮は民主主義の最先端?
すごく居心地が良い
一通り見たあとは夕食を食べに食堂へ。
寮生が集まっていて、これもまた寮生が振る舞ってくれた料理を好きなだけいただく。いつもというわけではないそうだが、たまにやっているらしい。美味かった。
喋りながら食べていると、いろいろな寮生の方々が集まってきて、寮の自治の話に花が咲いた。皆さん博識な方々が多く、 昔の東大駒場寮の例などについて議論していた。ボクはノー勉だったので、非常に勉強になりました。
ところで、集まってくる寮生の方々がおもしろい。
こういう場所って、どうしても男女や年齢で分かれたりしてしまいがちだが、そういうのは一切ない。それだけでなく、みんな着ているものや格好も多様性がすごい。セーラー服の方もいたり。あと、別の話の輪には外国人の方もいたり。
で、そんな見た目だけでも千差万別な人たちが、普通に大真面目な議論をしている。議論が終わると寮生同士で散髪が始まる。
吉田寮がカオスと呼ばれる所以はたぶん、ここにあるんじゃないだろうか。
驚くほどみんな多様。多様すぎて、見た目はカオスそのものである。
ただし、自由な環境だが、その多様性が守られている雰囲気を感じた。それぞれ自分たちの個性をさらけだせるような雰囲気。どんな格好で何をしようと自由。
すごく居心地がいい。
最近、個人的に興味のあることなのだが、ジェンダー論をはじめとする多様性を認める動きがあるけれど、そういう方向に進みつづけると、どんな世界が待っているのか。なかなかイメージしにくいが、その一つの答えは吉田寮の雰囲気だと思う。
どんな人も自由で何でもできて、でも統一性がないわけではなく、集まって話ができるとても楽しい世界。吉田寮には真の民主主義があって、これからの時代を何十年も先取りした雰囲気があるように感じる。
プライバシーを守ると多様性も守られる?
さて、一つ疑問なのは、どうやってここまで多様な環境が守られているのかということ。
多様性重視を掲げる今の時代でも、まだまだ差別意識や固定観念は根強い人は多いし、“みんな一緒”的な方向に行ってしまいがちだ。吉田寮がそうならないのはなぜか。
一晩しかいなかったボクに分かるようなことではないかもしれないが、ひとつ気になったことがある。
ボクは写真が趣味なので、寮の玄関の写真を撮っていたときのこと。
寮生に撮らないよう注意された。え、なんで?
その方がおっしゃるには、寮は寮生の家であり、外の人間に家の中でレンズを向けられるのは嫌な人もいる。もちろん人だけでなく、家の中を撮られることもだ。なるほど、言われてみれば納得。
ちなみに、寮の玄関は常に開いていて、将棋を指したり冊子をつくっていたりと、結構たくさんの人がいた。
そういうわけで、今回の記事は引用ツイート以外写真がない。
でも、これ、すごく大事ではないか。
何でも自由かと思った吉田寮だが、ちょっとカメラを構えただけで注意された。それくらい、プライバシーには厳重なようだ。
で、しばらく考えて思ったのは、プライバシーが守られているから多様性も守られているのではないかと。
個性をさらけだすことの唯一のデメリットは、他の人に攻撃されたり、関わりが消える危険だ。でも、プライバシーを守ること、個人の自由な行動の尊重が重要視されていれば、その危険はなくなって安心でき、多様性が育まれる。
SNS全盛の時代、もはやプライバシーなんてないに等しい。むしろプライバシーの境を崩した先の世界を考えるべきでは、なんて以前は思っていた。
でも、実は民主主義の根本にあるのは、プライバシーを守ることかもしれない。
やはり、こういう自由な環境はただ単にあるわけではなく、残っていく理由がありそうだ。
吉田寮、消えたらもったいないぞ
思ったことをそのまま書いてみたが、ボクは一泊しただけなので、寮生の方が見たら違うと言うかもしれない。たぶんもっといろいろあって、言葉で簡単に表現できるような話ではない気もする。
ただ、よそ者のボクが記事を書くことにしたのは、吉田寮が危ないからだ。
京大は9月中に吉田寮から全員退去するように言っている。理由は老朽化。
京大は随分前からこのことを気にかけ、吉田寮を残したい寮生と何十年も対立してきたらしい。しかし結局、寮生側と大学側で建設的な議論はなされていないそうだ。詳しくは、吉田寮の特設サイトで知ることができる。
確かに、京大としては古い吉田寮よりも、新しい施設を作ったりしたいのだろう。外に向けたアピールや経済面では、そのほうが有効かもしれない。気持ちもわかる。
でも、吉田寮のサイトに書かれていることも、とても的を射ているように思える。
一度失われた、人の集う「場」を、取り戻すことはかなり難しい。
人がそこに居て、繋いでいかなければ、簡単に壊れてしまう。
『吉田寮を守りたい|寮生追い出し問題とは?』https://yoshidaryozaiki.wixsite.com/yoshidaryozaiki2017/blank-6
今、日本で、ここまで多種多様な人々が共生できる場所は多くはないだろう。
人によって感じ方は違うと思うが、ボクの感じ方で言えば、時代を先取りした民主主義の最先端の場所だ。
奇跡的にもそんな環境が生まれた吉田寮を、残そうと考えずに消してしまうなんて、もったいないのではないか?
完璧ではなくても、保存していく方法はあるように思えた。
おまけ 鴨川デルタの花火コンパ会場
あんまり写真がないと思ったので(笑)。
『四畳半神話大系』で言っていた、学生たちがコンパ会場として花火に利用する鴨川デルタ。
「ホントかよ?」と思って行ってみたら、本当だった!