探査船「タラ号」
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世界の海を行く探査船「タラ号」にお邪魔して


 帆船による探査が世界の海で盛んに行われたのは、19世紀から20世紀初頭にかけて。「ビーグル号」に乗ってダーウィンは進化論を見出し、「チャレンジャー号」は深海生物を含むたくさんの新種を発見した。「フラム号」でナンセンやアムンセンは、北極と南極へ遠征した。

 そうした帆船による探査航海が、じつは21世紀のいまも行われている。そのひとつ「タラ号」が東京に寄港したので、クラウドファンディングの返礼として、船にお邪魔させてもらった。

探査船「タラ号」

 「ちきゅう」「宗谷」「フラム号」「ふじ」—— これまでいくつかの探査船の甲板に立ったが、タラ号は全長36mと群を抜いて小さい。これで太平洋を渡ってきたと思うと怖くなる。しかしその小さな船体には、どんな航海にも対応できる機能が備わっているようだった。

 2本のマストを持つ帆船だが、エンジンもあって、どこへでも行くことができる。備え付けのゴムボートは、上陸時や調査だけでなく、港への接岸時にタグボートとしても使う。船底は特徴的な丸みを帯びた形をしていて、極地の氷上でも、船体を壊されずに漂流できる(100年以上前の極地探検で使われた「フラム号」とおなじだ)。操舵室には、飛行機のコックピットのようにたくさんの機器がならび、故障に備えた冗長系(予備)も考えられている。そして船尾では観測やダイビングでサンプル採取ができるようになっており、引き上げた直後のサンプルで調査や実験ができる「ウェット・ラボ」がある。

 船の中央にあるドームに入ると、長期の航海でもクルーが居心地よく暮らせるサロンになっていた。広々としていて、木の内装にはぬくもりを感じられる。まるでコテージだ。大きな窓は極地でも日光をとり入れ、部屋を暖める。ギャレー(キッチン)もかなり大きく、わりと豪華な食事が振る舞われるらしい。この日のおやつはフィナンシェと言っていた。ギャレーの反対側にはたくさんの本がならび、図書館のようになっている。ボクのひとり暮らしのアパートより、ずっと快適に過ごせるにちがいない。

 あらゆる環境、あらゆる状況に自力で対応していくための装備の数々。タラ号は大航海時代や19世紀の探査航海の流れをくむ、未知を調べるためのまさしく“探査船”だった。

タラ号の科学と社会への啓蒙

 小さな船体にさまざまな工夫とこだわりが詰まった探査船タラ号は、20年以上にわたり数々の科学調査で活躍してきた。サロンには研究が掲載された著名な科学誌が飾られている。北極の氷からプランクトン、マイクロプラスチックにいたるまで、1000を超える論文が発表されている。

 今回、東京に寄港したのは、西太平洋のサンゴ礁を調べるミッション『TARA CORAL』に向かう途中だった。

 地球温暖化による海水温の上昇で、世界的にサンゴの白化が進むなか、「コーラルトライアングル」と呼ばれる海域では白化の進行が遅いらしい。その海域を直接調べ、原因を突き止めれば、海の生態系を守る糸口を掴めるかもしれない。温暖化が急速に進むなか、待ったなしのプロジェクトである。

「原因はバクテリアかもしれないし、環境条件かもしれない。サンゴそのものにある可能性も。考えうるパラメータはたくさんあって、調べても分かるかどうか……」

 後部甲板のテーブルで、サンゴの研究者に話を聞いた。初耳の用語も多いけれども、エンジニアには耳慣れたAIを使った解析の話も出てきた。最先端の技術も活用するいっぽうで、研究を推し進めるため小さな帆船で現地に行き、実際に潜ってサンプルを採取し調べる。

 21世紀のいまでは、探査といえば大がかりなイメージがある。100人以上が乗る巨大な観測船を海に浮かべたり、ロケットを飛ばして人工衛星や探査機を宇宙に送ったりする(これはいまのボクの仕事だ)。そうしなければ新しい発見ができないほど、世界は調べ尽くされたかのようにも思える。

 しかしタラ号の功績を知れば、実際には世界は調べ尽くされていないことがわかる。それに継続して調査をつづけるだけで、新しい謎はいくらでも生まれてくる。小さな帆船による探査航海は歴史上の過去のものではなく、いまも、いつでも有効らしい。

 探査航海でタラ号に乗りこむのは、研究者だけではない。アーティストも乗船して、調査で得た知見を広く社会に伝え、海洋保護の啓蒙に取り組んでいる。冒険、探検、科学、環境保護、社会への訴求 ―― 繋がっているにもかかわらず、世間では分けて考えられがちな要素を、タラ号はひとつに詰めこんでいる。なにしろタラ号自体、国家や研究機関ではなく、アパレルブランド「アニエスベー」が買い上げ、スタートさせた活動だったりする。

 『TARA CORAL』の重要性がよくわかったと感想を言うと、サンゴの研究者は語気を強めた。

「『TARA CORAL』だけではない。海洋プラスチック調査など、ほかのミッションもすべて大事。人間の活動も含めすべてが繋がっている。生態系とはそういうもの」

 食い気味なその答えには、社会がもつ世界への認識を変えなければならないという、あきらかなメッセージと強い意志が込められていた。