マンモス。わずか9,300年前に絶滅するまで、氷河期のシベリアや北海道を闊歩していた動物だ。その冷凍標本が日本科学未来館の「マンモス展」で公開されたので、見に行ってきた。
骨で見るマンモスとは違い、生きていた当時のリアルな姿が目の前にある。化石で見るのとは違う、本当にコイツが生きていたという実感が湧いた。意外な発見があったり、 マンモスの毛に触れる体験もあった!
※ネタバレ多数なので、初見を大事にしたい方は注意。
マンモスが生きていた世界
訪れたのは6月15日。世界初公開の標本がたくさん展示されている。人が増える前にじっくり観察したかったので、平日に強行で出かけた。
4万年の時間を感じられない、仔マンモスの全身標本
入っていきなり現れたのは、仔マンモス「ディーマ」の全身標本。
4万年前からこのままの状態。骨ではないマンモスを見るのは初めてで、長い時間のスケールを感じられるのではないかと期待していた。ところが、いざ目の前にするとまるでゾウのはく製のようで、4万年という時間を感じられない。
足にはブーツを履いているようにフサフサの毛が残っている。大きさはヒトが抱きついたらちょうど良いくらいで、生きていたときはかわいかったにちがいない。想像するまでもなく情景が思い浮かんでしまう。昨日死んだと言われたら信じてしまいそう。
マンモスとゾウはどう違う?
そもそもマンモスとゾウは何が違うのか。説明書きを見るまでちゃんと考えたことがなかった。
- 毛が長い
- 頭が上に飛び出ている
- 牙がねじれている
似ているようで、思っていたよりも全然違う動物だ。
ひとつ驚いたのは、マンモスはゾウより小さいということ。生徒の多い学校をマンモス校とか言うわりに、アフリカゾウと比べひと回りも小さい。巨大なイメージはどこで生まれたのだろう?
マンモスはアフリカで誕生し、その後北上しながら進化を遂げたらしい。今回展示されているのは40万年前~9,300年前、ヨーロッパやシベリアにいた「ケナガマンモス」。毛むくじゃらの姿で有名なヤツだ。
系統図を眺めてみると、ゾウがマンモスと分岐する以前に、アフリカゾウとアジアゾウが分かれていたらしい。今見られるゾウは思ったより離れた種類なのだなぁ。意外だ。
マンモスの毛に触り、特徴を見る
立派なマンモスの全身骨格が現れた。大きいことに変わりはないのだが、確かにゾウと比べると小さい気がする。踏まれても大丈夫そうだ(昔タイでゾウに踏まれるマッサージ体験をした。加減が上手だったのだろうけれど気持ちよかった)。
全身骨格だけでなく、ゾウとは違うところ、上に突き出た頭骨や反り返った牙を、目の前で見ることができる。それにしても牙の根元はかなり頑丈そうだ。マンモス同士の戦いはどんなだったのか、想像が膨らむ。
左がマンモスの顎、右が糞。こんなものまできれいに残っているのか。草がたくさん入っている。洗濯板のような歯から見ても、植物ばかり食べていたのだろう。小学生の頃読んだ野尻湖のナウマンゾウの本で、歯の化石が洗濯板や湯たんぽの落とし物と思われていた、というような記述があった気がする。ナウマンゾウとマンモスは違うが、見たところ本当に洗濯板だ。
3万1,150年前のマンモスの毛。何度か見たことはあったが、たくさんあると色合いや雰囲気がよく分かる。
これとは別でさらに毛が用意されていて、なんと触らせてもらえた! 指を切ってしまいそうなほど硬くて、まったくフサフサしていない。イメージと違った。かなり太い釣り糸のようだ。写真にあるのは外側の毛だそうで、その内側にある短い毛も触らせてもらえた。内側は外側より明るい色で、イメージしていたとおりのフサフサの毛だ。サイエンス・コミュニケーターの方曰く、外側の毛で冷たい外気から身を守り、内側の毛で保温していたらしい。なるほど。死後数万年経っているので、生きていたときはもっとフサフサだった可能性もある。
マンモスがいた頃のほかの動物
マンモスを探していると、当時のほかの動物たちも出てくるようだ。
1万9,000年前のケサイの毛。マンモスと違ってフサフサしている。全身骨格もあったが、なかなかの迫力。
ステップバイソン。今もいるバイソンの仲間。
ほかにも、ヒグマ、オオカミ、ノウサギ、ウマなどの骨が展示されていた。3万年前と今ではあまり変わっていないのだろう。ということは……
もちろんヒトもいた。マンモスを狩って食べたり、骨を使って家を作ったそう。ちなみに、マンモスの肉は筋肉質で硬くて不味いと書いてあった(笑)。
冷凍マンモス発掘と復活研究
さて、一通りマンモスの生態を知りお腹いっぱいになったが、まだ半分弱だった。今度は発掘と研究の様子の紹介。
化石探しとは違う冷凍マンモスの発掘
冷凍マンモスは化石になることなく、ロシア北方、主にサハ共和国の永久凍土から掘り出される。死体のまわりの湿気は氷に吸収され、土に含まれる鉄分やマグネシウムが腐るのを防ぐそう。冷凍庫みたいなものだろうか。
説明を読んで知ったのだが、永久凍土の定義は「2年以上0℃以下の状態がつづいている土や地盤」。全部がカチンコチンというわけではないようだ。最近、地球温暖化や山火事で融けていろいろなものが出てくるようになり、動物の食べ物から当時の植生や気温まで分かってしまうそうだ。南極の氷床コアと一緒だな。
「マンモス展」開催に向けサハに行った発掘隊の遠征記が、動画や写真付きで紹介されていた。この企画展のために出かけたのか!?
面白いのは、冷凍動物の発掘が化石発掘と違うところ。骨ももちろん出てくるが、それだけでなく土の中からいきなり動物の死体が出てくる。物騒な例えだが、殺人事件の被害者を探す警察みたいだ。そのくらい生きていたときのままの姿が、土の中から出てくる。ちょっと気味が悪い。
なかなか良いことが書いてあった。
僕の脳裏に強く残ったのは、マンモス発掘調査を通じて目の当たりにしたシベリアの大自然の姿。氷期、間氷期の差こそあれ、数万年前にマンモスたちが、僕が野宿をしたのと同じ場所で生息し、精一杯その生をまっとうしていった大自然のあまりに大きな姿でした。
「マンモス展」チーフ・プロデューサー 田中晋太郎
古生物に憑りつかれるのって、まさにこの感覚だと思うんだよね。実際に掘ることで「ここに、本当にコイツがいたんだ!」って感動しちゃう。マンモスを掘るなんて、羨ましいです。
マンモス復活のあれこれ
冷凍マンモスを発掘する理由のひとつは、もう一度マンモスを大地に闊歩させようという壮大な夢だ。マンモス復活、夢物語としか思っていなかったが、最近はそうでもないらしい。生命科学を駆使して、あとわずかのところまで来ている。
そんな復活研究を進める近畿大学の、これまでの苦難の道のりと今後の作戦が、マンガで分かりやすく紹介されていた。
キーパーソンとして大学院生の方が登場するのが、個人的にいいなと思った。偉い方々だけでなく、みんなで頑張っているんだなぁと。
内容は、子ども向けにマンガで分かりやすくしたつもりなのかもしれないが、正直大人でも難しいと思う。サッカーの絵と解説文が全然合っていない(笑)。ゲノム編集や細胞の仕組み、iPS細胞など、最近の生命科学を予習していくことをオススメする。といっても、めちゃくちゃ難しいわけでもないので、大学生なら高校で習った人は楽しめるはず。けっこう長い展示だが、足を止めている学生らしき人もちらほらいた。
復活するとこんな姿を見られるのだろうか。足に「NEO」と書かれたタグが付けてある。これは生きている姿を見てみたいぞ!
疑問なのは、「はたして絶滅した動物を復活させても良いのか?」という倫理的な問題だ。来場者の皆さんにも考えてもらいたい、と問題提起されていた。
一応、すでに国際自然保護連合が絶滅種の復活について、考え方をまとめているらしい。簡単に言うと、絶滅する前の生態系の働き(安定性と回復力)を直せるならば、保全として利益があるから、今の生態系を脅かさないようにして復活させてもいいよ、ということらしい。でもそれは人間中心的な考えなわけで、ボクにはこの指針が良いとは思えない。生態系保全と言えば何をやっても良いわけではないだろう。
最近政府が検討している 「ムーンショット制度」 。大きな成果が得られそうな科学技術研究をピックアップし、重点的に予算を配分する。科学技術界隈では「基礎研究を疎かにしている」「成果が出そうかどうか判別がつかない」と批判殺到の制度だ。
その制度を意識してだろうか、さりげなく「ムーンショット」という言葉が出てきた。関係ないように書きつつも、予算確保を念頭に置いている?
たしかに、マンモス復活はものすごいインパクトがある。しかし「マンモスを復活させる過程で何かが生まれるかもしれない」という主張は、どうにも復活させる目的が特になく、苦し紛れに言っているように聞こえる。単純に「絶滅したマンモスが歩く姿を、自分の目で見てみたい」と言ってはいけないのだろうか。門外漢ではあるが、ボクは今回の展示で十分そう思ったのだが。予算的に、そして論理的に目的を説明するためなのかもしれないが、あんまりまわりくどい目的を設定するのは良いイメージがない。
だからといって、好奇心の赴くままに一線を超えるのは問題だ。絶滅種の復活は倫理的にやっても良いことなのか、考えてみましょうということで締めくくられていた。
いざ対面! 冷凍マンモス
さて、ここまで長々と書いてきて、まだ冷凍マンモスが出てきていないのである。実際には順路を歩いていくと、ところどころで冷凍標本が出てきた。最後に一気にまとめて掲載する。
いまと変わらない、仔ウマの全身標本
4万1,000年前~4万2,000年前の仔ウマ。日本チームのサハ遠征を記念してか、名前は「フジ」。世界初公開だそう。
まるで競馬場の馬を見ているようだ。4万年経っても変わってない。
色が分かるマンモスの皮膚
つづいて、3万1,150年前のマンモスの皮膚! 色にムラがあるのには驚いた。こちらも世界初公開。
分厚そうな革だ。革製品が大好きなボクにはたまらない。色ムラとゴツゴツしながらも柔らかい感じが良い。3万年前のマンモスの革でできた野帳、最高ではないか(笑)。
最近の生き物たちの冷凍標本
今度はユカギルバイソン。9,300年前のもの。これも世界初公開だ。有害なものを食べて中毒死した可能性があるらしく、顔を見ると苦しそうに見えると説明には書いてあったが、ちょっとよく分からなかった(笑)。
左が1万2,450年前の仔イヌ(日本初公開)、右が1,600年前のライチョウ(世界初公開)。仔イヌはともかく、比較的最近の生き物も永久凍土から出てくるのだなぁ。仔イヌはヒトがペット化したばかりのものの可能性があって、ライチョウはDNA解析で今日本にいるヤツと比較すると面白そう、と説明があった。
世界に一つだけ! マンモスの鼻
3万2,700年前のマンモスの鼻の先っぽ! 世界初公開。毛やシワもしっかり残っていて、動いていた様子が目に浮かぶ。大人のマンモスの鼻はこれひとつしか見つかっていないらしく、オフィシャルプログラムには「世界にひとつだけの鼻」と書いてあった(笑)。
毛は鼻の外側にあって内側にはなかったようだ。なぜだろう。面白い。
さらに鼻の先端の形がゾウとは異なるのだそう。3つ出っぱりがある。これで物を器用につかめたかもしれないらしい。この形は研究者の想像も超えていたらしく、下の記事に詳しく書かれている。
本当にいた! ユカギルマンモス
最後に出てきたのが「マンモス展」最大の目玉にして、お目当てだったユカギルマンモスの頭部冷凍標本。2005年の「愛・地球博」で展示されて話題になったものだ。その頃はまだ小学生。見に行きたかったことを覚えているが、あとで友達から人混みでとても見られるものではなかったと聞いた。今回は空いていたので結果オーライ! 1万7,800年前のもので、しっかり牙も付いている。
ところが予想はしていたのだが、目玉展示なだけに撮影禁止だった。ちゃんと撮影用のレプリカもあったのだが、よく見ると色や形、毛の配置もあまり似ていない。これは読者諸君には是非自分の眼でご覧になってもらいたい。
骨と違って肉付きのある頭に牙が付いている姿は、本当に生きたマンモスを見ているかのようだ。ここまでの展示で体の別々の部分を見てきたが、この標本は頭がそのまま置かれている。今までの標本はゾウのようにも見えていたが、これはどう見てもマンモスだ。「本当にマンモスには毛が生えている!」と今さらながら驚いた。毛並みは意外とフサフサな様子。色は全体的にわりと地味だ。
もう少しじっくり観察したかったのだが、空いているとはいえ居座るわけにもいかないので、1分ほどで切り上げ。CGでしか見てこなかったリアルなマンモス。目の前で見ると「本当にいたんだなぁ」と思う。感覚は古生物標本というより、野生動物を見ているようだった。できることなら前で椅子にでも座ってずっと眺めていたかった(笑)。
ちなみにここまで見てきた冷凍標本、発掘地ロシアでも展示されていないらしい。冷凍状態を保ったまま展示するのが難しいそうだ。今回の「マンモス展」では、展示ケースだけでマンションを買える値段だとか……すごい。
マンモス展はいいぞ。
最後に「マンモス展」の詳細をまとめておく。濃い企画展で大満足だった。オススメだ。
場所:日本科学未来館(科博じゃないですよ! 最初間違えてました……)
近々、福岡・大阪・名古屋でも巡回展をやるらしい。
期間:2019年6月7日(金)~11月4日(月)
※火曜日は休み。ただし夏休み中や祝日には、一部開館するらしい。
入場料:19歳以上 1,800円 小学生~18歳 1,400円 4歳~小学生未満 900円
チケットは常設展にも入れる。
一通りじっくり見ようとすれば、1時間半くらいだろう。実際には少し人の流れが速いので、予習してから見に行くことをオススメする。