
トップ画像:1866年ごろにノルウェーで使われた学校教室。『赤毛のアン』を彷彿とさせる。
誰しも質問をしてまわりに笑われた経験はあると思う。馬鹿にされたくなくて、質問せず後悔することもある。いったいどうすれば気兼ねなく質問できるだろうか。
目を輝かせて手を上げる教授陣
ときどき舞いこんでくるバイトに、高校生の科学研究発表会の手伝いがある。ボクも高校生のころご縁で発表させてもらっていた。大学に進んだいまも、手伝いに来てほしいとありがたいメールが届き、快諾している。しかし今回は大きな問題があった。前日になって司会を頼まれたのだ。
高校生の発表といえど、彼・彼女らは日本全国から選抜された新進気鋭の科学者の卵である。発表の進行は学会と変わらない。さらには高校の教師たちや保護者、高校生をサポートした研究所や大学からやってくる錚々たる教授陣を前にする。ネットに動画が上がる可能性もあった。
その役回りを前日に言いわたされ、原稿を30分前に読むという無茶ぶりだった。しかし何とかなってしまった。高校生たちのハイレベルな発表がおもしろくて聞き入ってしまい、緊張がだいぶほぐれたようだった。科学は偉大である。
前置きが長くなったが、司会をしていて、しきりに気になったことがある。質疑応答の時間になると、大学教授ばかりが手をあげて、高校生の手がほとんどあがらない。少々異様だった。
大人びたスーツを着た初老の教授たちは、目を輝かせながらピンと手を伸ばす。それも「質問のある方はいらっしゃいますか?」と聞き終えるより早い。自分!自分!と言わんばかりで、まるで入学したての小学生のような勢いにすこし笑ってしまう。
いっぽう高校生たちは、発表こそしっかり聞いている様子だが、まるで手があがらなかった。なぜだろう? 学校の授業ならともかく、選ばれて来ている生徒たちだ。
疑問がないので質問が出ない可能性もあるが、教授陣からは湧き水のように疑問が出てくるので、あまり考えづらい。
そうすると質問を控えていることになるが、なぜ控えるのかは判然としない。教授陣に遠慮している、話が難しすぎてわからない、注目を浴びたくない、質問することが恥ずかしい……etc.
ミツバチに刺されませんか?
発表を聞いていて、ボクも質問したいことがあった。だが司会の立場上、参加者優先のためなかなか質問しづらい。話が難しく理解できないことも多く、教授陣とくらべて質問のレベルが低そうだった。それでも疑問というやつは、一度出てくると保留にするのはいい気分ではないものだ。誰か質問のハードルを下げてほしい。
しかしよく考えてみると、質問のハードルを下げられるのは司会の特権とも言える。 自分の低レベルな質問をぶつけても、誰にでもわかりやすくなるように、わざと簡単な質問をしているように見せかけられるのだ。
まず教授陣から手があがらないタイミングを見計らって、研究と全然関係のない質問をした。そのときはミツバチを使った実験結果の話だった。
「たくさんのミツバチを扱っていて、刺されたりしないのですか?」
答えがおもしろかったので紹介しておくと、発表した彼は何度も刺されているらしい。数回どころではないそうだ。ただし刺されることを想定し、実験中はミツバチが針を深く刺せないよう活動を鈍らせる薬品を与える。だから実験中の負傷はノーカウントと話していた(笑)。
ミツバチの話もおもしろいが、このエピソードから気付かされることがあった。ボクは実験と関係のない質問をしたつもりだったが、発表者は実験の話をしに来ている。何か結びつくところがあれば、すぐ実験の話を交えてしまうのだ。それまで関係ないと思っていた話が関係しているかもしれないのだから、質問の幅は予想より広いことになる。
何を勉強したらわかりますか?
丸一日の研究発表のうち半分は質問時間だが、その後も高校生の質問はほとんど出てこなかった。教授陣の質問の嵐がつづいている。痺れを切らしたボクはとうとう言ってしまった。
「ハードルを下げるためにも、高校生の皆さん、ぜひいろいろな質問を」
言ったあとすこし後悔した。笑い声が聞こえた。まるで高校生にはハイレベルな質問ができないかのような言い方に聞こえてはいないだろうか。だがそんな心配をよそに、すぐさま高校生のひとりが大学教授たちと同じくらい目を輝かせ、高々と手を上げてきた。
「何を勉強したら、こういう話がわかりますか?」
会場の雰囲気がパアーっと明るくなるのがわかった。 よくぞ言ってくれた!という空気が流れた。参加者たちの気持ちの代弁だったのだ。科学といっても、さまざまな分野の人が一同に会している。教授陣でも話がわからない人たちもいただろうし、保護者や高校の教員もいる。すべてを理解できる人などいない。
質問を受けた発表者もなるべく簡単にしようと言葉を選びつつ、反応を見ながら説明をはじめた。質問をした本人は恥ずかしそうにしていたが、本当にハードルを下げてくれたことになる。これでどんな内容でも質問できるようになった。
質問する奴は偉い
一連のやりとりを見ていて、ふと随分まえに話題になったツイートを思いだした。 何かの講演で出たスライドの写真らしいが、ソースはわからなくなってしまった。とりあえず良いことが書いてあると思い、画像だけ保存していた。
質問する奴は偉い
- 初めに質問する奴は偉い ~次の人が続きやすくなる~
- 馬鹿な質問をする奴は偉い ~質問の内容のハードルを下げる~
- 関係ない質問をする奴は偉い ~話が広がる~
納得だ。今回、2番と3番を実際に経験した。
「馬鹿な質問をする奴は偉い」
参加者のうちの複数、あるいは全員が馬鹿かもしれない。誰も話を理解できていないのかもしれない。しかし質問する権利は全員にある。なるべく全員が質問して活発に話しあうなら、馬鹿な質問はハードルを下げる最高の一手に化ける。
「何を勉強したらわかりますか?」は、あの日一番の衝撃だった。ボクは質問者に尊敬の念を憶えた。笑う人もいるかもしれないが、ボクを含め何でも堂々と質問してよいのだと、安堵した人もかなりいるだろう。彼女は恥ずかしそうにしていたが、聞いていた側からすると感謝したい。その質問を待っていた! 内容で質問を躊躇してはいけない。
「関係ない質問をする奴は偉い」
「ミツバチに刺されませんか?」は、まったく実験結果と関係がない質問だと思っていた。しかしこの質問から、発表にはなかった実験過程まで話題が広がった。関係のない質問などないのだ。質問者が疑問に思った時点で、それは発表者からすれば関係のある質問なのだろう。
「人に迷惑になるからやめておこう」とか、「こんな質問はまわりに笑われるのではないか」とか。どうしても何か理由を見つけ、質問を控えたくなる。しかし質疑応答とは、本来控える理由を持つようなものではないことを思いだした。
