2020年10月18日の火星

 天体観測の秋。夜空の澄む日が増え、放射冷却の肌寒さが心地よくなってくる季節。2年ぶりに火星が地球に接近し、何気なく天体望遠鏡を向けた。

 レンズを覗いて驚いた。模様が見える! ボクが使う小型の望遠鏡では、見えないものとばかり思っていた。

 初めてマイ望遠鏡で、火星の模様を観察した記録。

なぜ、これまで火星の模様は見えなかったのか

「本当に火星は火星じゃないか!」

 火星が視野に入ったときの率直な感想だった。自分の星を初めて外から見た火星人が言いそうなセリフ。地球人が言うと阿呆に思われるかもしれない。

 けれど、これぞ天体観測の醍醐味だろう。写真でよく見る火星の姿を自分の眼で捉えたときの、静かな喜びと興奮。それを言葉にすると火星人のセリフになる。

 なお、念のために書いておこう。ボクが興奮した理由は火星出身だからではない。

 火星はおよそ2年おきに、地球と接近する。星好きは赤い星が夜空に輝くのを見て、また2年が経ったのかと月日を感じる。そして望遠鏡を向ける。ネットを見ると連日、そばで撮ってきたかのような素晴らしい写真が並ぶ。

 しかしボクは一度も、自分の望遠鏡でそれらしい火星の姿を見たことがなかった。2013年から使っているので、4回もチャンスはあったはずだが。

 記憶に新しいのは2018年の落胆だ。15年ぶりの大接近で盛り上がっていて、ボクも張り切っていた。けれど見えたのは、オレンジ色にぼんやりと薄く光る円。これはなんだ? まるでピンぼけした電球の写真を見ているようだった。

 そうした苦い記憶もあったので、マイ望遠鏡(VIXEN ED81S、口径81mm)では火星の模様は見えない、というのがボクの推測だった。望遠鏡の口径が小さすぎるのか*、それとも望遠鏡の扱いの腕が悪いのか……。

*) 望遠鏡の性能は、倍率ではなく口径(筒の径)で決まる。径が大きいほど、細かなところまで見えるようになる。

 だから2020年の火星準大接近は期待しないことにした。一応望遠鏡は向けてみるけれど、ピンぼけ電球に違いない。火星はちと遠いからなあ。

 ところが、レンズを覗いて眼に飛び込んできたのは、隣の惑星の模様だった。

2020年10月18日の火星
撮影:2020年10月18日 VIXEN ED81S 望遠鏡 + VIXEN GP2 赤道儀 + Nikon D3400 で拡大撮影(倍率約104倍)
画像処理:1分11秒の動画(30fps)を、AviUtlでmp4→aviに無圧縮変換。AutoStakkert!3でラッキーイメージ70%をスタック後、RegiStax6でウェーブレット処理・明度調整し、darktableで処理。

 これぞまさしく、本で読みネットで眺めたことのある、火星の姿だ! 口径8cmの望遠鏡では厳しいと思っていたが、この眼ではっきり表面の濃淡を確かめられた。

 ではなぜ、これまで火星の模様を見られなかったのだろう?

 2018年以前については分からない。ボクのピント合わせが悪かっただけかもしれないし、望遠鏡の使い方が間違っていたのかもしれない。しかし2018年はそうではなかった。

 2年前、火星では大規模な砂嵐があり、表面の模様が隠れていたそうだ。大きな望遠鏡なら地形も見え、ネットには模様を写した写真も上がっていた。けれどボクの望遠鏡に、そこまでの性能はなかったらしい。つまり腕が悪かったのではない。ボクが見たピンぼけ電球は、当時の火星そのものだった。

火星の模様を観察する

 模様が見えたら、すっかり気分はガリレオ・ガリレイである。じっくり観察してその姿を目に焼き付ける。知らない世界を見るのは楽しいもんだ。

火星の地形
地形をはっきり見るために、強調処理をしてみた。ちょっと不自然だが。

 まず特徴的なのは、まわりより暗く見える大シルチスだろう。生粋の天文ファンたちがよく言っている、あの!例の!大シルチス!

 しかしこれがいったい何であるかは、さっきネットで調べるまで知らなかった。台地らしい。なるほど、ボクは間違いなく火星の“地形”を眺めていたようだ。レンズのほこりではなくてよかった。そしてよく考えてみると、地球の武蔵野台地から隣の惑星の大シルチス台地を眺めていたわけか。ちょっとばかり壮大な気分に浸る。

 次に気になるのは、星の上方の白く見える部分だ。天体望遠鏡では上下左右が逆になるので、上は南極にあたる。有名な極冠である。一目瞭然。

 地球では水が氷となって、極地に極限の世界を作っている。それは火星でも同じ。しかし白く見えるのは氷ではなく、大気中の二酸化炭素が凍りついたドライアイスだという。大量のお湯をかけたら、さぞ壮観な眺めに違いない。火星に行ったら誰かやってください。

 ついでに、映画『オデッセイ』(原題:THE MARTIAN)で登場した場所を探してみた。火星に取り残された宇宙飛行士マーク・ワトニーが、ジャガイモを育てていた場所。残念ながらアキダリア平原は星の裏側だった。撮るのはまた別の機会に。

地形が見えるとは、なんて近いんだろうか

 それにしても普段点にしか見えない恒星と比べ、こう地形が見えると、なんだか月を見るときと似た気分になってくる。月を眺めるときは「あそこに人が行ったんだなあ」と思ったりする。火星に人はまだ行っていないのだが、不思議なことに人が行ってそうに思える。違和感がない。地形が見えるとは、なんて近いんだろうか。

 今回よりも地球と火星が近づく機会は、次が2035年らしい。15年後はだいぶ未来だ。待つより先に、火星周回軌道で地形を眺めている気がしないでもない。はて、どうなるかな。