2019年の今年で、人類が月に立ってちょうど半世紀。
そんなタイムリーなときに公開された、映画『ファースト・マン』を観てきた。人類で初めて月に立った宇宙飛行士、ニール・アームストロングを描いている。
宇宙モノは片っ端から見ているボクだが、『ファースト・マン』は脚本も映像表現も素晴らしかった。アカデミー賞を受賞した『アポロ13』に匹敵すると思う。
あらすじ
この映画は1960年代、ニールが宇宙飛行士になり、月から帰ってくるまでを描いている。
当時は、宇宙での船外活動も宇宙船のドッキングも、まだ未知の領域だった。そんな状況下で、アメリカはソ連との宇宙開発競争に勝利するため、人を月に送る計画を画策。ニールは厳しい訓練に落ち着いて挑み、仕事に情熱を注ぐ。
しかし相次ぐ事故や仲間の死、そして家族とのすれ違いが生まれ苦悩する中、1969年、ニールは月へ飛び立つ。
【ネタバレなし】『ファースト・マン』の特徴
さて、『ファースト・マン』を観終えて、良かったと思う点は二つ。
圧倒的臨場感
まずは圧倒的な臨場感だ。ひとつひとつのシーンが物凄くリアルで、どこでCGを使っているのか、どうやって撮影したのか、そもそもCGが使われているのか、まったく分からない。
さらにカメラワークが面白い。ニールの行動を映しているだけでなく、ニール視点で宇宙船のスイッチや窓から見える景色を映した映像が多い。自分が宇宙船に乗っている気になる。
X-15、3軸回転訓練、ジェミニ8号、アポロ1号、アポロ11号。ここではネタバレになるのであまり言わないでおくけれど、宇宙好きなら一度は聞いたことのある数々のミッションに、自分が参加している気になる。
ただのヒーローではない脚本
二つ目。ただのヒーローではない脚本が素晴らしい。
映画って、どうしても人をヒーローにしてしまうことが多いと思う。特に宇宙モノだし、初めて月に立った人の話ならなおさらだ。同じアポロ計画を描いた『アポロ13』は、良い映画だが典型的なアメリカ映画だ。
しかしこの映画ではニールはヒーローではない。もちろんヒーロー的素質は描かれているのだが、良くない点や家族の感情、人間味溢れる苦悩が多く描かれ、そちらに重点が置かれている。月に向かうリスクがひしひしと伝わってきて、観ていて非常に苦しい。
史実に基づいたニールの性格もかなり詳細に描かれていて、映像表現もリアルなので、もはやドキュメンタリーを観ている感覚だった。BGMや視覚表現も、脚本に合わせて丁寧に作られていて、繊細で美しい作品だった。
【ネタバレあり】『ファースト・マン』で印象的だったこと
さて、ボクが『ファースト・マン』を観て印象的だったこと、感じたことを書き連ねておこう。
ここからは少々ネタバレが含まれる。映画を観る前に読んでも映画を十分に楽しめるとは思うが、自分の第一印象を重視したければここまでにしていただくべきかと思う。
ニール視点で見る、月への途方もない道のり
まずはさっきから書いているけれど、圧倒的臨場感。
宇宙モノってどうしても、CGとか不自然な無重力シーンが多いけれど、『ファースト・マン』ではそれがない。加えて、地上での1960年代に撮ったかのようなざらつきのある映像と、宇宙空間での高精細なIMAX映像が、当時のドキュメンタリーを観ているようだった。
この圧倒的臨場感が、月に向かうことの困難さとリスクを、あまりにもリアルに描いていると思った。アメリカ映画にありがちな「不可能に立ち向かって可能にする」ストーリー展開かと思いきや、あまりの難しさと恐怖に観ているだけで怖くなる。しかもハッピーエンドじゃない。
特に印象的だったのは、3軸でグルグル回るシーン。最初の訓練もジェミニ8号とアジェナのドッキングシーンでも、灯りが行ったり来たり、地球が行ったり来たり、本当に自分が回っている感覚になる。
そしてもうひとつが、宇宙船の手作り感。打上げ前の軋む音や揺れ、通信の音を聞いていると、ネジ1本緩んだらどうしようと不安になるレベル。スイッチの配置や覚書の紙が貼ってある様子、ジェミニの時代は宇宙船の灯りが電球だったり。圧倒的臨場感だ。感覚的には、ディズニーランドのアトラクションに乗っている気分だった。
宇宙モノの臨場感は『アポロ13』が一番だと思っていたが、『ファースト・マン』はそれを上回っている。
真実しか言えないニール
ニール・アームストロングは寡黙な男で冷静沈着だが、月から還ってきてマスコミを遠ざけたという話がある。期待に沿った発言はできず、真実しか言えない慎重な性格だったらしい。
それが最初に月を踏む人としてふさわしい素質であって、宇宙飛行士に選ばれた理由でもある。
ただ、彼は子どもにすら嘘をつけない。月に向かう直前、彼が息子たちと会話を交わそうとしないシーンがある。それに対し妻ジャネットが怒り、彼が帰ってこなかった場合に備えて子供たちに覚悟させるよう迫る。それに応じたニールは、息子から「帰ってこられないかもしれない?」と聞かれるのだが、ふつうの人なら「帰る」と答えるのだろうけれど、ニールはそれを言えない。
リスクをしっかり認識できているのだが、真実しか口にできないニールは終始寡黙で、結局まわりの人の心配を和らげることはできなかった。
そして月着陸訓練中に事故で死にかけたあとの、「月ではなくテストのうちに失敗すべき」という発言。家族も気が気でなかっただろうし、その様子が克明に描かれていて、どちらのつらい気持ちも伝わってきた。ニールの仕事に情熱を燃やす気持ちと、家族の不安との板挟みになる葛藤も、見ていて胸が苦しくなった。
妻ジャネットの不安
ニールと並んで細かく描かれていたのが妻ジャネットの心情だった。
彼女は普通の人であり、安定を求めている。ところが娘を病気で亡くし、ニールの同僚も次々に事故で亡くなり、ニールも仕事第一な上に多くを語らない。不安だし安定は皆無だ。
さらにニールが訓練や宇宙飛行に出かけているあいだ、そちらを気にしつつもまだ幼い子どもの世話をしなくてはならない。
ニールが月に出かける前には喧嘩もするし、帰ってきたあとのシーンも考えさせられるものがあった。
『ファースト・マン』まとめ
というわけで『ファースト・マン』、個人的には素晴らしい作品だった。簡単に言ってしまうが、臨場感も脚本も素晴らしい。久々に自信をもってオススメできる映画だと思う。