フィンランドのポストカード

 なんとなく北欧デザインが好きだ。

 巷の女性たちがいう「かわいい!」とは、ちょっとちがうかもしれない。シンプルで無駄のない美しさに居心地のよさを感じる。いつか自分の書斎を、そんな空間にしてみよう……。

 そう考えていた折に、渋谷のBunkamuraで開かれた「ザ・フィンランドデザイン展」を訪れた。どのように有機的な美しさを表現するか。どうしたら独特の視点を得られるのか。自然観察の大切さに気付く、たくさんのヒントがあった。

トップ画像:ミュージアム・ショップで売られていたポストカードを、百均の額縁に入れてみた。色合いが素晴らしい。
左)グンナル・フォルスストロム作「ヘルシンキ400年記念ポスター」
右)エルッキ・ホルッタ作「フィンランドツーリスト協会 ポスター『冬-夏』」

フィンランドのデザインには自然が宿る

 フィンランドという名前は知っていても、どこにあり、どんなところかは案外知らないもんだ。北欧だから社会保障が充実していて、自然豊かというイメージはあった。調べてみるとあながち間違っていない。

 フィンランドは、スカンジナビア半島とロシアのあいだに位置する。北極圏との境目あたりなこともあり、厳しくも美しい自然から恩恵を受けてきた。よってフィンランド人はとても自然を大切にする。世界で近代化が進んだ20世紀初頭においてもそれは変わらず、自然を感じられる有機的なモノが好まれた。

 そしてこの風土とモダニズムが融合し、のちに“自然が宿る”として世界で評価される、フィンランドデザインが生まれる。

自然観察から生まれる視点

 展示を見ていると、自然が宿る有機的デザインには2種類あると感じた。ひとつは自然を観察し、学び、取り入れたデザイン。もうひとつは人為的な追求から生まれた、自然を感じさせる機能美のデザインだ。

 自然から学び取り入れたデザインには、その観察眼に息が漏れる。

 アルヴァ・アアルト作「サヴォイ」という花瓶は、美しい曲線と色合いがオーロラを思わせた。そして見入ってしまうのは、作品がつくりだす影のほうだったりする。涼しい雰囲気から北極圏の空気が伝わってきそう。

※写真はタピオ・ヴィルッカラ作「ウルティマ・トゥーレ」。2枚目の左端にすこしだけ写っているのが、「パーダル湖の氷」。

 数あるガラス作品のなかでもついじっくり眺めてしまったのが、タピオ・ヴィルッカラ作「パーダル湖の氷」。氷らしさを表現する方法はいろいろあるだろう。けれども融けてできる筋に注目する人はそうはいない。まるで本物の氷山を眺めているかのようだ。

 こうした視点は、やはり普段から自然に触れ、細かく観察していなければ生まれないと思う。ただ緻密なだけではなく、要点を抑え抽象化したデザインに眼を見張る。美術展にいながらにして、自然のなかを歩くときの心地よさが詰まっていた。

自然を追求して生まれる機能美

 人為的な追求から生まれたデザインもまた、有機的な美しさがある。自然観察から生まれたものとは異なる、試行錯誤により生まれた機能美だ。

アルヴァ・アアルトが手掛けた「41 アームチェア パイミオ」と「スツール 60」

 その代表例として知られるのが、アルヴァ・アアルトの積み重ねられる丸椅子「スツール 60」だろう。いまでは特に珍しくもないデザインだが、もとはフィンランドで生まれた画期的商品だったとは、つゆほども知らなかった。

 そして一見シンプルな椅子、アルヴァ・アアルト作「41 アームチェア パイミオ」。結核患者が息をしやすい角度を研究してつくられているという。

 自然から学んでいるわけではないけれども、よいモノには自然がもつ有機的な美をまとうものなのだろうか。工学を学ぶ者として感じ入るものがあった。

結局のところ、人も自然の一部

 つくられた年代にそって展示を進むと、だんだんとフランスなどの潮流も混じるようになってくる。20世紀半ばからの大量生産・大量消費の社会が到来してからは、前衛的なデザインも目立つ。

 これはこれでかわいいという人の気持ちもわかる。しかしボク個人は、20世紀初期のモノのほうが、心地よさや美しさで勝っていると感じる。言葉で伝えるのはむずかしく、科学的でもないと思うが、当時の自然を感じさせる有機的デザインは、安心感や落ちつきを与えてくれる。そう感じるのは結局のところ、人も自然の一部ということなのかもしれない。

 昨今は広告が増え、“毒”のあるデザインが増えた。マーケティング戦略としては正しいのだろう。おもしろいデザインもたくさんある。

 けれども自然の一部としての人間である以上、なるべく落ち着いたデザインに囲まれて暮らしたい。そのためには、もっと自然から学び取り入れる視点を身につけるべきだと、フィンランドデザインは教えてくれる。

 なにもそのまま真似しなくてもいい。フィンランドに限らず、日本列島には日本列島の豊かな自然がある。