群馬の山中、地下80mには核シェルターが築かれていた。

 未来の考古学者はそう語るかもしれない。もっとも事前知識がなければ現代人でも間違えるかもしれない。

 JR土合駅はとても列車の駅には見えない。地下81mのトンネルのなかに駅のホームがあり、そこから地上の改札へとただひたすら長い階段がつづく。「日本一のモグラ駅」とは言い得て妙である。

 写真で見て以来いつか撮影しに行こうと思っていた。新型コロナウイルスの感染者が減っている機を見計らい、駅構内へ足を踏み入れた。

暗闇を延々とつづく階段

 駅舎こそ立派だが、いざ改札を通ると茂みのなかを廃墟のような廊下が伸びている。とても現役の駅には見えない。その先にプラットフォームへとつづく徒歩10分の階段が現れた。ユニバーサルデザインのユの字もない(笑)。

延々と階段がつづく様子は、どう見ても駅には見えない。このままNERV本部につながりそうだ(『新世紀エヴァンゲリオン』参照)。
グリコのような遊びに興じるカップルがいた(階段左手)。ゲームの終わりは見えそうもなかった。

 ネットには明るく写した写真が多く見られるけれど、カメラのオート機能のせいだろうか。実際には階段の段差がわかる程度の薄暗い回廊がつづいている。安全性を担保しつつ必要以上に明るくない絶妙な暗さが、ほどよく不気味な異空間を演出していた。

霧の立つ地下81mのプラットフォーム

 プラットフォームまで降りると、この日は雨が降っていたせいか霧が立ち込めていた。トンネル内はひんやりとした湿気に包まれ、まるで鍾乳洞に入るときのようにすこし空気が変わる。19世紀のロンドンを思い起こさせる。

陰影が印象的だったのでモノトーンにしてみた。照明の光が霧で拡散され、ぼんやりプラットフォームを照らす。
暗霧

土合駅のベストショットはこれだろう。霧が立ち込めるプラットフォームを、研究室の先輩に歩いてもらった。映画『第三の男』のワンシーンのようだ。

壁づたいに伸びる古びた配管が、遺構のような味を醸し出している。すこし曲がっているのもよい。

なぜ地下にホームが作られたのか?

 それにしても不都合な造りをしている。地下にホームがあるのは下り線のみで、上り線はちゃんと地上を走っている。いったいなぜこんな造りになっているのだろう。

土合駅をはさんだ湯檜曽駅(群馬県みなかみ町)と土樽駅(新潟県湯沢町)のあいだは高低差が激しく、1931(昭和6)年に開業した現在の上り線は、ループ線(らせん階段のように円を描いて高低差に対処)と複数のトンネルを組み合わせて勾配を克服しています。しかし土木技術が進歩した1960年代には、これを新清水トンネル1本によって最短距離で結ぶことができました。このため、上越線の上下線を分離するにあたり、土合駅の下りホームは新清水トンネルの途中につくられることになりました。

乗りものニュース,“ホームから出口まで10分かかる駅、なぜ誕生? それを楽しむ列車も”,https://trafficnews.jp/post/66013/2,2017.
蛍光灯の光はほんの周囲のみを照らし、美しい陰影を作りだしていた。

 しかしいくらなんでも、乗降者のことを考えていなさすぎではないだろうか(笑)。往路に10分かけて下りた階段を、帰りは上らなければならなかった。